断捨離以前の急性期対策の報告

身に付けるものに関して断捨離以前の「急性期対策」をしています。具体的には服・靴・バッグ・アクセサリー類を収納できる量にまで減らしている最中です。

今のところの成果報告はこんな感じです。

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この分量が、靴と雨具と帽子以外の身に付けるものが全て一つのコーナーに集めた状況です。一年を通して着る服の分量がこれくらい。作業着なども込みの量です。

 

捨てた分量は45リットルのゴミ袋で8くらいかな?

傷んでしまった服など明らかに「捨てるもの」と組み合わせの思いつかないアイテムをピックアップしてどんどん捨てた。

 

紺と白をメインカラーにしています。

今の季節だと

仕事できる服は

白のトップ:2、紺のトップ:3、白のパンツ:2、紺のパンツ:2

靴は黒の紐靴:1、白のパンプス:1、脱ぎ着のしやすい黒の靴:1

仕事着の仕上がりで目指す印象は「普通」

 

作業着でない休日の服は

白のスリーブレスシャツ、白のアイレットレースのTシャツ(袖なし)

紺のスリーブレスシャツ

ジーンズ:1、デニムスカート:1

オレンジのハイヒール、グレージュカラーのハイヒール

目指すところは「休日!」が満喫できること

 

といった感じです。こうやって書き出してみると、もっと捨てても生活には困らないような気がしてきました。

 

この時期に着る服で先に書いたリストにないものは、どんなオケージョンできているのか?がわかれば、もっと服の量を減らすことができる、かな?

 

今の服の並べ方は季節関係なく色別に並べています。これを今の時期、に並べ替えてクローゼットの分析、続けたいと思います。

 

しかし、これだけ捨てても「すっきりした感」がないクローゼット、ふーん、強敵である。

 

じゃ、またねー。

 

もう一度、アメリカ人にも書いてもらったらどうだろう?日本国憲法。

日本国憲法の前文を読んでみたら、なかなか志の高いことを書いてあって、すごく感心した。日本ってこんな国を目指していたのか、、、知らなかった、、、。

特にビビったのが以下の部分です。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高や理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。」

ね、ビビるでしょう?

 

小学校か中学校の社会科の教科書で読んでいるはずなのだけれど、憲法に関することで覚えていることは「自衛隊って軍じゃないの?」という疑問だけです。

 

この前文を読むと「日本って結構いいことを目指しているんだー」と素直に思えます。

日本国憲法

日本国憲法

 

 Kindleのこのバージョンは0円なので、日本に関係する人は読んだ方がいいと思いました。(日本に関係する人って、日本国民全員ってことか、、、)

 

で、最近の世間ではこの憲法を改正しようという議論が盛んに行われていますが、なかなか決着をみません。

この議論が沖縄の辺野古基地の議論のように20年も解決できない、って事態にならないために一つしかない私の貧しいアタマを使ってみました。

 

でね、私の結論は

憲法草案を書くメンバーに外国人を加えたら?

ってものです。

 

日本ってこれから人口は少なくなるし、20年の東京オリンピックに向けて観光客(外国人)もたくさん来て欲しいし、移民は入れたくないけど高度専門職労働者のような人には来て欲しい。

ってことは、外国人から見ても「日本っていい国なんですね」と思わせる憲法を持っていることは損ではない、と思いました。うまくいけば帰化してもらえるかも?ね。

 

えーっと、もう少し真面目にいいなおしますと

現在は自衛隊の位置付けや「戦力」の解釈を巡って議論されているようですが、本来、憲法って「私たちはこんな国目指します」ってことを書き、国内外に広く宣言するものだと思います。

そうであるなら、現在の日本の構成メンバー(日本国籍保有者)だけでなく国際社会から歓迎されて、できることなら「名誉ある地位」を占めたいものです。

 

でね、メンバーに外国人を加えたら?ってのは

関係者(日本人)だけで議論すると各自が自分の属する小さな集団の利益ばかりを優先し、誰も大局的なこと(長期的な利益)を考えず、結果として「結論が出ない」「総意がまとまらない」ことになると思ったからです。

今いる日本人のメンバーでいくら議論しても決められないなら、議論するメンバーを入れ替えたら?という考えに至りました。

つまり、「決めるプロセス」を変えたらどうだ、ということです。

 

アンダーラインを引いた部分は私の観察した「辺野古基地に関する議論の様子」です。

憲法改正の議論もこの状況とそっくりだと思ったのです。

 

もう一つは適材適所、という人材活用の面からも

今の日本の課題と国際環境の二つの状況を考え合わせて日本国憲法=目指すべき姿を議論できる人に草案を書いてもらう方が、知的でチャレンジが好きな人材を集めることができるし、高度人材が集まる状況が作れます。

確かシャープを買収したホンハイ(だったかな?)の社長さんも「適材適所は日本語だ」とインタビューで答えていました。適材適所は日本の伝統的な問題解決方なのです。

 

よくよく歴史を振り返ってみると今の憲法も草案はアメリカ人(外国人)が書いていますよね。前例にも従っているし、「起草メンバーに外国人を採用する」いいんじゃない?

 

なーんてことをさも一人で考えたように書いていますが、以下の本を読んで考えたことです。

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

 
ゲンロン0 観光客の哲学

ゲンロン0 観光客の哲学

 
自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう

 

注意:これらの本に直接「憲法草案の起草メンバーに外国人を採用しよう」などとは書かれていません。

じゃ、また。

私の日記のルーツについて

今日、6月12日はアンネ・フランクが日記を書き始めた日、というラジオのニュースを聞きました。

アンネの日記―完全版

アンネの日記―完全版

 

 子供の頃、アンネ・フランク展を見て、「日記を書く」ってかっこいいと思い、母に誕生日のプレゼントとしてチェック柄の日記帳を買ってもらいました。8歳くらいでした。この話は以前にも書いたかもしれません。

 

最近はnhkラジオの聞き逃しサービスで平安貴族の日記のお話を聴いています。

www.nhk.or.jp

タイトルは「日記が明かす平安貴族の実像」でお話されているのは、国際日本文化研究センターの倉本一宏教授。

取り上げている日記は、平安貴族のスーパースター⭐︎藤原道長の「御堂関白記」です。こちらは、平安貴族の業務日誌といった感じなのですが、このラジオ講座はすごく面白い。

 

そしてもう何回も同じことを書いていますが、この人の日記に影響されて(煽られて)ブログサービスを使った日記を書くようになりました。

「自分メディア」はこう作る! 大人気ブログの超戦略的運営記
 

 

この「ハンドル記」は「自分のことは自分で決められる人になりたい」「自分の人生のハンドルは自分で握るのだ」という決意を込めて、名前を決めました。

結果、こんなにゆるい日常記になってしまいましたが。が、しかし。私が「これは大事なことだ」と思うことについて、自分の言葉で考えたことを話したい、という気持ちは全く薄まっていません。

44歳の熱意はさほど高温ではありませんが、一応ふつふつと湧いています。

 

じゃ、またねー。

 

建築とデザインの違いについてゲンロンを見て思いついたことのメモ

面白いコンテンツだったので、忘れないようにメモ。

こちらの配信は終わってしまいましたが、そのうちアーカイブされるはず。

live.nicovideo.jp

休憩の入る1時間40分の前に話している、物語・ナラティブと建築の関係についての話はとても面白かった。私は大学で工学部の建築学科で勉強していたのです。

物語が自動生成するには物の配置をしていくだけであとはプレイヤーが勝手に物語を作っていくのだ。その物の配置を考えるのがプログラムとかでなく建築家がやっていたことで、ではあるのだが、建築家はナラティブを語ろうとは思っていない。

というものでした。(たぶん)

 

この放送は昨年放送された放送の続きで、前回放送を二週間前にレンタルして見ていたのです。これ ↓ ね。

vimeo.com

 

どちらも面白いです。

SF小説や映画はほとんど見たことがなく、普通にスターウォーズとかブレードランナーを観たことがあるくらいでゲームはほとんどやったことがありません。

子供時代は兄が任天堂スーパーファミコンをもっていましたが、私がプレイするには兄との喧嘩に勝たなければならず、ゲームに親しむことは結局、その機会がありませんでした。

が、その程度の人でもこの二つの放送を聞くのは、とても面白いものでした。

 

・テレビ放送はCMが入るおかげで、物語の時間軸をいくらでもコントロールできる

・ディズニーランドのライド(カリブの海賊とかスモールワールドとか)はテレビにおけるCMがない状態で物語の時間をどうやってコントロールするのか?という技術である

・東京が物語・クリエイティブの源泉になったのは「アキラ」と「帝都物語」だけである

VRの技術は「よく知っている物語」に使われている

・よく知らない世界を納得させる技術はまだ映画の方が優れている

・今の社会を反映したフィクションはゲームの世界観として提示されている

 

といったものでした。

 

・英語のヴァーチャルは日本語の「事実上の」といった意味で「仮想」と訳した人は今後悔している、、、そうなんだ、、、

・哲学用語で言えはヴァーチャルは「潜在的」と訳されている。ビットコインなどは仮想通貨でなく「潜在」通過といった方が実態と近い。

 

などは古臭い言い方ですが「大いに蒙を啓かれた」でした。

 

なんで急にSFとかなんとかに興味を持ち始めたかというと、とても単純に昨年読んだこの本で取り上げられていたから。

ゲンロン0 観光客の哲学

ゲンロン0 観光客の哲学

 

 第6章の不気味なもの、でSF作家のウィリアム・ギブスンフィリップ・K・ディックを取り上げていて、後者を「あ、ブレードランナーの原作書いた人じゃん」と思い出し、たまたま県立図書館(の移動図書館)で新訳を見かけたので読んで観ました。ちなみに上記の本でこれは紹介されていませんでした。

 SF小説でなく、普通小説でありました。面白かったよ。

 

でね、面白かったのですが、私が知りたかったのはSF小説ってどんなものなんだっけ?というののだったのです。とても若い頃にブレードランナーの原作を読んだっきりだったので。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

 

 

湯山玲子さんは「世界にはまだ知らない小説もあるし、映画だって沢山ある」とよくおっしゃっていますが、本当にそう思います。

で、ゲンロン0を足がかりに小説に限らずSFっぽいものを探して観ました。

前述の二つの放送の中でもサイバーパンクのデザインについていくつかの話があり、その中でも私もそう思う!のは

「SFの世界観を表すためのデザインってブレードランナー以降変わっていない」というものです。

ちなみにファッション・デザインもピエール・カルダンのコスモルック以後、「未来です」という記号として使えるものはないのだ、とも思いました。

 

あ、なんか、デザインと建築・アーキテクチャーの違いがなんとなくわかってきたような気がする、、、。

建築はオーダー(物語の筋道)を決めることができて、デザインは記号(メッセージ)をコントロールできるんだ。

って、寝言に近いこと言ってます。(ほんとーに眠いのです)

 

明日は沖縄本島に行って髪を切るつもり。

船の中でこれを読もう。

 

ゲンロン8 ゲームの時代

ゲンロン8 ゲームの時代

 

 

じゃ、またねー。

幸せな二人を見てつられて幸福になった、という話。

今日はちょっとしたメモ

 

少し前の話ですが、この ↓ 記事

www.buzzfeed.com

 

これを読んで、幸せそうなので、私も幸せな気分になりました。

 

という、それだけのメモです。

 

幸せそうに暮らす人が多いのは、いいと思うのです。

 

じゃ、またね。

読書の日々とか、の記録。

はい、今日からレギュラーな日々が続きます。みなさん頑張りましょう。

 

ゴールデンウィークの直前に風邪をひいてしまい、おとなしく休日を過ごしました。その記録。コンテンツ編。

 

最近のニュースで最大の関心事は国のお役所さんが「文書を書き換えた」ってものですが、各種のセクハラのニュースにかき消されて、メディアではまるで小さなミスであったかのような扱い。この二つ日々凡人として過ごしている人にも関わってくる問題なので、セクハラを大きく扱うのは、まあ、そうだろうな、と思うのですが、テレビ局の対応(上司による握りつぶし)はひどい。

 

www.asahi.com

 

という感じでモヤモヤしていました。

そんでもって、これ ↓ をみました。

live.nicovideo.jp

3年前の収録のもので、生放送当時も視聴したのですが、今のセクハラ報道状況が気になって再見。

会場の参加者からの質問の時間が長く、世の中の面白い人がいるのだな、と大変興味深い。放送の中で直接セクハラがどうしたこうしたという話はないのですが、男女関係のあり方のデフォルトが「支配関係」であり、男性が尊敬する女性とは男女関係が結べないことについて批判的に話しています。

 

私はこの支配関係デフォルトが「日々、セクシャルハラスメントが発生する状況」と関係しそうだなと思っています。

加えていうと「文書書き換え」も全くの無関係ではないのではないかな、とぼんやり考えています。

 

コン放送の質問者に「二村」さんという人がいて共著があるとのことで読んでみました。 

 続いて

 さらに引き続き 

女ひとり寿司

女ひとり寿司

 

 

と、ここまできたところで、時間切れです。

 

では、またね。

 

食の記録。年増盛りの食卓記録はとても地味でありました。

ゴールデンウィークというらしいものは今年は4連休で休みが取れました。これまでが10日間の連勤だったので、結構な疲労感があります。

食の記録

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写真小さい、、、。4月24日の夕食。

フライドポテトとコーンスープ

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4月25日はジーマーミ豆腐(ピーナッツで作った豆腐)ともずくの汁物。

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4月26日は昼ごはんで残した鳥の唐揚げとアスパラガスとブロッコリーみたいなもの。

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4月28日。もずくのうどん。

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4月29日。サンドイッチと野菜の天ぷら。

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5月3日の昼ごはん。カレーうどん。これはまずかった。

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同じく、5月3日の夕ご飯。サンドイッチとポテトチップス!

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これは本日、5月4日のお昼ごはん。タコライス

 

来年は自炊を始めようと思っています。その前の食の記録でした。

 

またねー。