昨日言いたかったことは、要するに、、、。

昨日は意地悪なことを書いてしまいました。

 

昨日のエントリは要約すれば

 

あなたの体力と持っている条件(ライフスタイル・資産・人間関係など)に合わせてリスク範囲(これくらいなら失敗しても大丈夫)を設定し、それに合わせて「転居・転職≒移住」をしてみてはいかがでしょうか?

 

という、、、提案、、、でしょうかね、、、。

 

じゃ、またね。

 

 

 

老後は田舎で暮らしたい人に四つの意地悪な質問

今週のお題「理想の老後」

「老後は田舎でのんびり暮らしたい」って人は今でも多いのでしょうか?

私は「田舎暮らしこそ、体力のある若いうちに経験したい」と考えています。

でも、まあ、老後、現在に関わらず

「地方移住する前に自分で決めておかなくちゃならない大事なことは何?」

を独断と偏見で考えて見ました。

うむー、と適当な時間を使って考えた結果が、以下の四つの質問に答えを持っていたら、お試し地方移住やって見たらいいのではないでしょうか?

 では、質問に移りましょー。

 

1その場所でやりたいことで最も大切なことは何か?

あなたが若い人なら田舎で「のびのびとした子育て」をしたい?それとも「夫婦二人で田舎の自然を満喫」したいですか?

その子育ての「のびのび」の中身はなんですか?子供の塾や習い事からの解放でしょうか?それとも育てている親の方の余裕を確保したいのでしょうか?

田舎の自然をどのように満喫したいですか?散歩?自転車?それとも、、、、。

 

というような意地悪な質問にもどんどん回答しましょう、自分が何をしたいかがかなり言語化できると思います。

 

2その最も大切なやりたいことは、その場所に行けば現在住んでいる街より、楽に達成できるようになるか?

ここは調べ物です。あなたがやりたいことを楽に達成できるセット(環境)をその地域は備えていますか?

ここでは実際にその地に移住した人に話を聞くのも効果的かもしれません。移住の目的が似ている人がいたら、より良いかもしれません。

特に、地域づきあいの程度をよく確かめておくことは大切です。休日の全てを地域行事に使う月があるなどは住んで見ないとわからないものです。

 

3経済的な手段は何か?

何をして食べていくの?という質問です。現地で職を得ることが必須なのか?あるいは土地に縛られない仕事をすでに確立しているか、などいろいろな条件があると思います。

しばらくは無職で大丈夫?現地収入に生活レベルを合わせるので低収入でもok?

収入以外にも自分の暮らしにかかる最低限の費用を把握しておくことは大切です。

特に田舎は水光熱費がとても割高です。都市に比べて規模の経済が働かないからでしょうか?

 

4失敗した!と思ったときの撤退方法はあるか?

この四つの質問の中で、一番大事です。これについては、私からのアドバイスはありません。みなさん自身で考えてください。

 

と、まあ、このような質問に答えられたら、具体的に場所を絞り込むなど田舎に移住を検討してもいいかもしれません。

頼まれれば、このような意地悪な質問をしに、あなたのお家に伺いますよ!ヤァー!

笑うセールスマン風に読んでください)

 

とか、言っちゃってねぇ、、、。いや、田舎に移住するってさ、結構心身ともに負担が大きいですよ。親の住んでいる実家に帰るってだけでもストレス満載になりますよ。

 

急にこんなことを考えたのが、今年4月に内閣府が発表した「人生再設計第一世代」の方針の中に「地方移住も進める」という一文があって気になりました。

これ ↓ が元々の資料です。

www5.cao.go.jp

 

 

地方移住は悪くありません。

しかし、よーくよく考えて決めてくださいね。人生再設計の「人生」は誰かの人生でなく、あなたの人生です。判断力が鈍っているときに決めちゃ行けません。少なくとも上の4つの意地悪な質問に答えられるくらい、冷静なときに考えましょう。

 

ちなみに、上の質問の重要度順について、私は番号とは逆で考えています。重要度ね、考える順番とは違います。きっと。

 

ま、ごさんこーまでに

またねー。

 

 

 

 

いまさら「万引き家族」を見ました。

 映画「万引き家族」を見ました。

現代の「赤貧を洗うがごとく」の家族の話です。 

夫婦二人でおそうめんを食べるシーンの中で、クリーニング店をクビになったばかりの妻が夫の「、、、ぉい、どうしたんだよ。今日、、、、化粧なんか、、して」

の問いかけに

「デパートで人に勧められてさ」と二つも三つも化粧品の箱を取り出してくるシーン。

 

ここで、信代に感情移入した。

この感覚、身に覚えあります。わかるよ!信代!(役名)

 

私自身、「この状況(経済的にも)きついよなー」と思う時に「デパートで化粧品を買う」とかちょっとだけキラキラしたものを買うこと、で一時的に自分を保つ、って、すごーく身に覚え、あります。ええ、ありますとも。

そんなことするから、ずーっと貧乏なんですよ、、って、知ってるわい、そんなこと!

 

といったかんじで、ここからこの映画を「母、信代」に感情移入しながら見てしまいました。私自身はいい年して未婚の子なし、ですけどね。

 

働いてもまかないきれない「貧乏」を「年金をたかる」「年金不正受給」「万引き」で補っていく。

この家族のやっていることは、理解はできます。お金のない時の苦しさはとても理解できますし、万引きしなきゃいきていけません、ってのも理解できます。

でも、とてもじゃありませんが「それでいいじゃない」とは思えない、、、、。そこんとこの社会規範を超えることは、私にはできません。

しかし、ですね、だからと言って彼ら彼女らを断罪しようとは思えません。

変な表現になりますが「物語を見ていたら、素直に、私は彼らのやったことを断罪したい気持ちがわきませんでした。」というかんじでした。

 

映画の後半で、この家族はバラバラにされていきます。そこも仕方ないのだと切なく思いながらも、子供二人が成長していることが救いでした。

とてもいい映画でした。

 

 

ところで、

この映画の不思議なトーン。「ダメな人を裁かない」「弱者をフェアに扱う文脈」ってどういう風に成り立っているのだろうか?

私が、この家族がやっていることは明らかに犯罪になる、とわたしの法律知識は理解している。なのだけど、感情は「裁かれるべきです」と感じないのはなぜだろう?

って、とても不思議なのです。

 

良いも悪いもない、家族の食事風景や一緒にお風呂に入る場面など誰もが日常で経験することが書かれていることがポイントなのかな?

この家族が人としては普通の人たちだということを食べ物のシーンで感じるから?

 

 

あと、もう一つ。自分のドラマの好みについて。

わたしは日本のTVドラマや映画を見ず、外国映画が好きなことについて、自分でも「わたし、外国かぶれなのか?」と思っていました。

んが、

「日本のTVドラマや映画は、現実の社会状況をあまりにも反映していなくて、自分が誰に感情移入していいかわからない」

ので、政治的主張の強いアメリカドラマや外国映画を多く見ているのだな、と思いました。

映画の登場人物の誰かに感情移入できることが「わたしの物語」になるポイントのようです。

 

今日は、映画の感想だけです。

じゃ、またねー。

旅に出ました。(帰ってきたよ。)

4年に一回の現代アートを巡る旅に出ました。

今日は旅のもう一つのテーマ「再び、都市環境に住みたいか?」に関する自分用メモ。

このインテリアは苦手。この場所は白状してしまおう。名古屋市の栄地区です。

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しょっぱなからネガティブですが、ここはいいねー、というホテルのインテリアは満足して撮影を逃してしまいました。ばかだねー、あたし。

苦手な方は壁紙・絨毯共に色使いのコントラストが強すぎる。このテイストなら、もっと広い部屋で開放的な窓があれば、気にならないはず。(私の基準でね)

つまり、狭い部屋に対してインテリアの柄度(こんな用語はありません。念のため。)が高すぎる。

 

部屋からの眺め。上のホテルとは別の場所。12階の眺め。豊田市です。

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悪く無い。東向きの部屋が好きかも。この部屋はグッドでした。

 

駅前の月額会員制のカーシェアリング。試してみたい。もちろん、豊田市です。

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名古屋市。開発に取り残されたような長屋建築の一部分。

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豊田市美術館から郊外を見る。

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また、都市部に住みたいか?

うーん、この写真には人は写っていないけれど、私にとって都会の魅力って「人が多いこと」なんですよね。人に会いやすい(友人を呼びやすい)環境が魅力、ってところでしょうか。

都市の人の魅力って「ここであってお話ししても、次はもう合わないかも」って時でもお行儀が良かったりするところ。

田舎もんは空気を読まず、ズケズケいいます。(嫌いじゃありません。)

 

田舎暮らしを快適に過ごす秘訣の一つは、人間関係を固定化させないことなんですが、

さて、どうしたものか?

 

今回の旅では、名古屋市は私には大きすぎ。豊田市は歳の規模はまあいい感じですかね。ほんとーにトヨタ車ばっかりでビビりました。

 

結論:また都市には住みたい。

 

またねー。

あいトリについてあれこれ

今日は終戦記念日で、沖縄のカレンダーでも日本標準のカレンダーでもお盆最終日です。前回の沖縄・日本のお盆が重なった時の観光客の多さはびびるくらいだったけど、今年は少ない。台風の影響かしら。お客さんに備えて休みも取らずに出勤していたのに、空振りした気分である。

 

さて、今年の夏休みは8月の最後にあいちトリエンナーレに行く予定です。

展示の一部が中止されたりなど何かとメディアをにぎわせています。

 

あいトリ・プラン優先順位は、

1 豊田市美術館(建築物の方)

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/dc/Toyota_museum_051.JPG/640px-Toyota_museum_051.JPG

 

2 ありトリ豊田にある日本建築:喜楽亭(建物・展示)

喜楽亭 | あいちトリエンナーレ2019

フリーの写真が探せなかった、現地で撮影してきます。

 

3 豊田市美術館(あいトリ展示・クリムト展)

twitter.com

 

4 名古屋市美術館(建築と展示) 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/d7/Nagoya_City_Art_Museum01-r.jpg/640px-Nagoya_City_Art_Museum01-r.jpg

 

と言った感じで見て回りたいと思います。この順番に回るんじゃなくて、時間をかけて見たいもののの順番ね。

 

で、今現在で話題になっている「表現の不自由展」について

www.j-cast.com

これって、2012年に大阪市長だった橋下徹文楽への補助金をカットした時の経緯とマスコミの騒ぎ方がすごく似ていると思った。

私の理解では2012年の文楽騒ぎは

・橋下市長が文楽鑑賞の後「よくわからない」という感想を言った

・マスコミが市長の発言を「無教養」という文脈で報道

・マスコミと市長が対立する過程で「補助金の打ち切り」が出る

文楽側が市長との対話の場面に出席しない

補助金10パーセントカット実施

というような流れだったかと、ぼんやーりと記憶しています。

 

今回はあいトリ2019は

名古屋市長が「表現の不自由展・その後」の内容に不快感を示す

・同じような感想を持った人が関係各所に抗議電話をする

・ネットで拡散

・脅迫

・政治家同士の対立(名古屋市長が愛知県知事に対し、辞任ものだという発言)

・展示の中止決定

・えーっと、混乱は継続中

といったところでしょうか、、、、、

 

ここからなにを学んだかというと、、、ですね。

・政治家の文化・アートに対する見識はとても普通。見識があっったりするわけではない。

文楽は、橋下徹さんが取り立てて無教養、というわけではなくほとんどの人が詳しいガイドなど事前の情報(学習)なしには「よくわからない」と思います。

つまり普通の人の感覚と同じってことです。

表現の不自由も名古屋市長が内容が不愉快だって思うこと自体は、とても普通の反応なんじゃないかな、と思いました。

 

それが普通の人の感覚だからといって文楽補助金のカット」を支持しているわけではありません。

名古屋市長が愛知県知事に「責任を取って辞任を」ってのは(文化事業に対する)真っ当な反応だとは思っていません。(政治家としては正しいかもね?)

このようなやり方を良いとは思っていませんが、しかし、しかしですね、実際の反応がこのような「補助金カット」「辞任を」ってものであったってことは、よーく記憶しておこうと思っています。

 

文楽の場合はマスコミと市長の対立は「補助金カット」の前からありました。

あいトリはどーなのかしら?

 

アートとか文化って生活の中で「意地悪な気持ち」や「今の規範に合わないこと」をしれっと人の目に晒すことのできるフィールドだと思う。

そういう場所が社会のどこかにあるってのが私は好きなのです。

で、でね、やっぱりそういった場所があるからしんどい気持ちを立て直すことができたってのは私一人では無い、と考えています。

 

・アートの場合、来場者に「この展示は見ない」っていう判断をする機会提供といいますか、、、レーティング設計?ゾーニング設計?といいますか、その運営の設計は必要なのだと感じました。これって結局、「表現の自由」を守るためのテクニカルな部分なので、文化産業を提供する側の端っこにいるものとして、これって勉強しなきゃな、と思いました。

 

あー長かった。もう、寝るなり。。。

またねー。

 

 

同僚の中年の危機に、あなたなら付き合いますか?

毎日暑いです。

 

職場のツイッターランド化は収まるどころか、ますます毎日かいちょーに悪口をばらまいています。

 

でね、この職場のツイッターランド化ってそうそう珍しくはないはずです。

ネットで検索すれば職場での悪口対策がたくさんヒットする。

 

で、このツイッターランド化を推し進めている中心人物を観察してみたところ、日中の皆が一緒に働く時間を中心に悪口をばらまいて、気がすむのでしょうか、夕方近くには大変機嫌が良い。

ってことはですね、私の問題は

私の生産性の高い時間帯にツイッターランドおじさんが悪口を言い立てる。その結果、よく考えて決めたいスケジュールを考える時間に混乱してしまい、仕事がゴテゴテになってしまう。

 

自分に対する悪口でなくても、感情的に揺さぶられて疲れてしまいます。

 

 

自分を守るために、やることリストはこんな感じ

1 兎にも角にも、仕事の作業に集中すること

2 今のメンバーセットで起こるトラブルについては自分に責任がないことは放置する

3 その人に対して批判的な態度はしない。ニュートラルに接すること

4 この体験から何を学んだか?はそいつがいなくなることが決定してから考えること

5 何が起きたか、の時系列記録は取っておくこと

6 で、結局、その人は何を成し遂げたのかをよくよくみておくこと

 

私の大雑把なカン、なのですが

このツイッターランドおじさん世間一般で言うところの「中年の危機」ってやつだと思われます。

・単身赴任で家族と離れて過ごしている(事実)

・今までの仕事で大した成果を出せていない(私のみたところ)

・周囲からあからさまに「中年男性」として扱われ始めている(そのとこに不満を持っている。と本人が言っていた。私の感想は、ハゲているのになぜ自分が若い扱いを受けると思っているのだろう?)

・家を建てるための土地を購入し、長男は中高一貫の私学に進学、次男が中学受験をするか迷っている(事実。つまり経済的に結構出費の多いライフスタイルを選んでいる。経済危機でもある。)

 

日常的な家族との顔を合わせたコミュニケーションが減り、社会的な扱いが変わり、今までの「俺ってこんな人」が揺らぎ始めている、その真っ最中!ってのが私の見立て。

 

でもね、私はこの人の「中年の危機」ライフに付き合う気はありません。私の考えは、みなそれぞれ自分の危機は自分で乗り越えるものなのです。

 

今の時点で学んだことはふたつ

・人間はみな、ほんとーにぼちぼちなのである。どんぐりの背比べ、目くそ鼻くその競争なのだ、と言うことを腹の底から実感しました。

・どんなにくだらない人でも「人の足を引っ張ることはできる」って本当だ!

 

このツイッターランドおじさんが自力で「中年の危機」を乗り越えていきますように、

天の神様にでもお祈りして、今日はこれまで。

 

じゃ、またねー。

 

たまに暑い7月の備忘録。

ぼんやりしているうちに7月も半分が過ぎた。

今年は梅雨が何回か来た感じである。

稲をやっと刈り始めました。写真は三日前くらいのもの。

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さて、ちかごろの記録です。

 

仕事では大きなプロジェクトを「こう言うプロセスで決めていきます。」「メンバーはこういった理由で人選しました。」といった感じの「決めるプロセスからの提案」が通りました。

ここまで、、、長かった、です。

この大きなプロジェクトが二つ続けて再来年まで続く、できるかな?あたし。

そして、ちきりんさんよ、ありがとう。

自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう

 

 

スマートフォンを買い替えたいと言う職場の同僚の言い分に驚く。

「携帯ショップに行って店員に相談しても、俺性格悪いから「どうせ商売のために高く売るんだろう」と考えて一度家に帰っちゃう。」

「相手は商売で携帯を売るのだから、儲けたいのは当たり前ですよ。店員さんはなんのためにあなたと話すの?」

「もっと僕のために親身になってほしい、、、。」

「、、、、。なるほど。」

という会話を交わしました。

果たして、彼が携帯電話を買い換える日は来るのでしょうか?(果たして彼は物事を決断することができるのだろうか?)

そして彼がほんとーに言いたいことは「俺、性格悪いから」なのかしら?とも思いました。

 

30歳くらいの人と話して「デスノート」がいかに素晴らしいかを力説される。「漫画と映画ならどちらを見るべき?」と質問したら「一番最初のオリジナル映画です!」と素晴らしく断言。

しかし映画のバージョンが多過ぎてどれがオリジナル映画なのかわからず挫折。

これかな?

DEATH NOTE デスノート

DEATH NOTE デスノート

 

 

あとはね、いつまでも「若い」ことに価値を置くのは見苦しいな、と思ってさ

「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?

「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?

 

 これを読んでみたよ。成熟が促されない社会状況の部分にすごく納得した。

年の割に幼稚な中年の痛々しさにも寛容になれるかな?

 

私の戦略は30代の半ば頃からこの人の戦略を真似しています。

一切なりゆき 樹木希林のことば (文春新書)
 

なので白髪は染めてませんよ。

 

まあ、こんな感じ。