憲法9条と生産性

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今年は旧暦の5月が二回ある年だったので、旧暦行事(お盆や豊年祭)と新暦の行事(村祭りや運動会)が毎週末予定されていて、しんどい。例年、新暦と旧暦の行事は二週間ほどの間隔が開くものなのです。5月が二回だったせいか夏が長く、今でも暑い。夏になり始めるのは遅かったのに。

 

で、選挙、、、ですか、、、。

ここは気分を切り替えて、自分にできること、は何かを考えて見たいと思います。

できること、と言っても大げさなことでなく学んだことを実際に使ってみる、というわけで、学んだことは何かと申しますと、この本です。

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

 

チームや組織全体で生産性を上げる重要性とその方法、人材育成の考え方などが分かりやすく解説されています。ビジネスパーソンに向けて書かれています。 

 

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集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

 

戦後日本の平和主義(憲法)と安全保障(日米安保)の辻褄を合わせるための議論の大混乱ぶりとその混乱によって「国際貢献」がリジェクトされている、ってことが書かれています。

 

でね、この二つの本から学んだことから考えた結論は

憲法は見直されるべき、その時に今後の日本社会の人口減少を元にした社会全体の「高生産性シフト」は無視されてはならない。

ってものです。

 

この結論に至った考えの筋道については、次に書きます。

今日は午前中なのに、もう疲れた。

あー、行事が多すぎる。

 

またねー

 

 

花を置く空間

今月の花

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今年のお盆に実家の床の間に花を生けました。

デンファレと白菊。沖縄で作られている琉球ガラスの青の花器を使いました。手前に置いてあるのはカエルのモチーフのついた香炉。

 

5年前は父がこの仕事をしていたのに、今年は私がやることになりました。

 

広いスペースがあるって、いいな、って思いました。

 

またねー

お盆は休みなのか?沖縄編。

お盆をしてきました。沖縄のお盆は旧暦で行います。備忘録です。

9月2日(旧7月12日):移動日

住んでいる集落の旧盆に向けての清掃作業に参加する。7時集合なので、6時半ごろに公民館で水分補給のための冷茶の準備。7時に婦人会向けの放送をする。

8時公民館出発し港へ向かう。激混み。予約しぞびれてキャンセル待ちのお客さんもたくさんいる。親戚の女子だけにお土産を買う。

フェリーの中では友人から借りたコンビニ人間を3分の1程度読む。友人曰く「読みやすいが読後感は非常に悪い。」

10時30分に沖縄本島に到着。高速に乗って南へ。

実家に着く前にショッピングモールによって衣料品を中心とした買い物。

パジャマ2点、下着2点、レギンス2点、母が探していた部屋着、など。

16時ごろ実家に帰宅。両親ともに昼寝しているので起こさずにシャワーを浴びて早速ハイボールを飲む。途中母が起きてきて、つまみで食べていた焼きそばを「炭水化物の取りすぎだ」と、取り上げられる。

夕食はタイ料理屋。

母に再就職先はどうかと聞くと、まあまあのペースでやっている、とのこと。面接の時に年を聞かれ「(女の)年を聞くの?ってノリで答えちゃったのよぇ」とのこと。面接官困ったに違いない。母は79歳です。結局、干支を聞かれたが最後まで教えなかったそうです。このギャグはいつか使ってみたい。

 

9月3日(旧7月13日:ウンケー)先祖を出迎える日

朝は7時ごろ起きて8時から仏壇の掃除と床の間の花を行けるように言われる。仏壇の中に置いてある花瓶やら湯のみやらも拭いて、仏壇そのものも拭く、汚い。

午前中かけて仏壇二つを拭き掃除し、お供え物もセットし、花を生け、床の間の花もいける。

昼ごはん前に昼寝1時間。

午後、母のために買ってきた部屋着の裾上げをする10センチ以上裾上げし、「短くない?」と言われたがきてみるとぴったりだった。お母さん、小さくなっている。

17時ごろにウンケーをする。玄関先にろうそくと線香を立て父が「お盆でご馳走を沢山準備しているので食べにきてください」と方言で言う。途中、方言の敬語の使い方を間違えたようで、母に直される。

夕食はお盆の食事。ジューシー(炊き込みご飯)と汁物。

19時ごろに近所のショッピングモール(両親は郊外に住んでいるので近所はショッピングモールだらけなのです)に中野京子さんの著書でマリーアントワネットを題材にした新書を買う。帰ろうとしたら豪雨。ズコズコとスタバに退去して購入した新書を読む。美術史は面白い。

 

9月4日(旧7月14日:中日)親戚など回る日

親戚周りも留守番もせず、高校時代からの友人と会う。二児の母。

友人は4年ほど前に母を亡くしており、仏前のために花を買う。奮発して仏花でなくアレンジメントされたフラワーバスケットを購入。

友人の下の子供2歳半と友人とで友人の実家でランチ。私は電話注文したモスバーガーを食べる。

友人の自分のことを話す相手がおらず、こんな時は母がいてくれたらと思う、と。私も同じように思う。

北朝鮮はなぜ国として存続できるのか?」といきなり国際情勢についてきかれ、

「えーっと、中国とロシアが支援するからかな?」

北朝鮮を支援して何が得なの?」

朝鮮半島が安定化することとアメリカに対抗できるからかねえ」

などと話した。上の子供とニュースを見ていると北朝鮮のあの人はなんなんだ、と質問されるそうです。

夕食はデパ地下のとんかつ

 

9月5日(旧7月15日:ウークイ)ご先祖様が帰る日

朝から仏壇のある部屋の掃除と中身汁(牛の内臓をすまし汁で食べる)と揚げ物(今年は子供達のためにエビフライと伝統的な田イモの揚げ物)などなど準備に追われる。

午後、母のいとこの97歳になる姉さんが車椅子でやってくる。結構ボケているので私が誰だかわかっていない。

いとこが帰ったあと、両親は疲れたのか昼寝。

夕方、兄夫婦と姉夫婦がやってきてウークイの食事。甥っ子や姪っ子たちには私を忘れているものもいる。一番小さい姪っ子にはヘアバンドのお土産を買ってきたので渡すと途端に機嫌が良くなり食事中もよく話しかけてくる。かわいい。

夕食後は子供達にアイスを食べさせ、静かになっている時に大人は片付け。

9時洗濯機を回すが睡魔に負けて寝落ちする。3時ごろに目が覚めて、乾燥機に移す。

 

9月6日(水曜日):移動日

午前中で北部まで移動し、マッサージを受ける。途中から爆睡、記憶なし。

フェーリーの中でコンビニ人間の続きを読む。駄目男のサンプルみたいな人が登場するのだが、これ見たことある気がする。

島に到着。明日からの島での行事の調査におとづれている大学院生を案内する。

18時自宅に戻る。

 

疲れた、気がする、、、。

 

じゃ、またねー。

 

今年の夏休み。

あー夏休み、って今日は普通の週休日です。一週間の7日間のうち二日は完全に休めるって、ステキだわ!

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ベランダで足をやきながら、ダラダラ汗をかいかき、トリスのハイボールをぐいぐい飲みます。汗を大量にかくせいか、全く酔わない。でも楽しい。ベランダタイムは読書タイムでもあります。今日はこれです。

 昭和の時代に子供だったので、野球と大相撲は大好きです。

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これ ↑ は「私の裏庭」と読んでいるアパートの裏の山の斜面。午前中は蝶やトンボやアブとかの昆虫が飛び回っています。

 

昼間は相変わらず灼熱の太陽が輝いていますが、確実に秋っぽい空気は感じられて、ベランダの読書タイムもあと何週間かでシーズン終了です。

今年もあと4ヶ月になっちゃった。

 

来週末が旧暦の7月15日になり、沖縄のほとんどの家庭でご先祖様をお迎えするお盆が行われます。今年は仕事を休んで実家に里帰りするつもり、とっても楽しみ。でも、休暇じゃないんですよね。

 

nhkの「夏休み子供相談室」を聴いたり、今日が私の夏休み。

 

またねー

 

70年代って、結局何だったのさ?

読書メモ。前回に引き続いてこの本のメモです。

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

 

 今日は第4章 内閣法制局は何を守っているのか?ー1972年政府見解と沖縄の体制内部化

 

1972年に沖縄県は日本に復帰しました。この章ではその前後の日米関係と集団的自衛権の議論を扱っています。

1972年はベトナム戦争が行われており、朝鮮半島は停戦状態、ソビエトは健在でアメリカと中国は国交を回復します。その状況で沖縄の米軍基地からは連日ベトナムに向かう爆撃機が飛びったっていました。

 

この状況の中で沖縄を米軍基地付きで日本に復帰させるために「集団的自衛権」と日本国憲法との整合性を計った結果が「集団的自衛権憲法違反である」という1972年の政府見解がなされました。

この見解が提出されるきっかけとなった国会での質疑応答で国会議員の質問の「集団的自衛権違憲で個別的自衛権は合憲というのは憲法からは判断できない」という憲法上の質問に「最小限の個別的自衛権は発動できます」という政策を内閣法制局次長が答えるという展開がなされました。

これ ↑ って、つまり議論をすり替えてまで、どうしても通したかったことって「個別的自衛権は合憲です」ってところだろうと私は理解しました。その後「個別的自衛権の範囲拡大」が展開されます。

で、その「個別的自衛権は合憲です」ってので何を達成したかというと

沖縄を基地付きのまま返還することによって日米安保を維持し、自衛隊の強化およびベトナム戦争への参加を回避し、軽武装を達成する。それによって得た外交の安定をもとに経済成長を持続させ内政(福祉の充実ってことかしら?)を図った

というのが1980年の政府答弁書(見解)です。

 

うーん、この1980年の政府答弁書の引用部分、この章の中でとても印象が強いものでした。

何が印象強いかって「政府の自信満々なようす」です。

国会内の質問したいしても1972年から1980年までの8年間でしどろもどろの答弁から素っ気ないほどの自信を見せた回答へと変わっていきます。

 

ところで、70年代が変わり目だったんだよ、って話は経済分野や教育分野の人からも聞いたことのある話で、何を変えなきゃいけなかったのかはそれぞれ言い分が違います。

経済屋さんは

「高度経済成長は70年代に入ってからほぼ全ての人が、これはいけるって思ったんだよ。60年代の経済成長は普通の人には信じられないホラ話にしか聞こえなかった。」

けれども

「70年代のオイルショックの時に物輸出の経済からサービス主体に切り替えなければならなかった」

教育分野の人は

「70年代に終戦時に成人していた人が労働力として退場していく時期だった。ここで敗戦にもかかわらず戦前から続いていた体制は見直されるべきだった。」

と言います。

今聞くと、へーそうなんだー?と思います。

 

この本を読んで少なくとも今の日本の安全保障は70年代に基礎的な性格が作られたことは理解できました。その良し悪しはともかく、安全保障政策をもとに経済成長を達成し、その豊かさが日本の田舎に住む人にまで実感できるようになったことは、とても素晴らしいことだと思います。

私も70年代の沖縄に生まれて、じわじわと豊かになっていく社会の恩恵(教育にお金をかけられる親が増えた)を受け取っています。

 

70年代ってもっと検証・分析されていい、と思いました。

 

今日はここでおしまい、またねー。

議論の価値ってなんなのか?

今日は自分のために覚えておきたいことのメモ。要約部分は引用以外は私が理解するための要約なので著作にはない言葉遣いも混じっています。また、要約は目次の通りでなく、インパクトのあった章から始めています。

要約するのはこの本です。

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

 

本書は「集団的自衛権」が憲法9条と日米安保の整合性を図っていくなかでどのような変容をしていくのか、を追跡しています。 

 

第3章 日米安保は最小限の自衛なのか?

砂川事件」とその二つの判決に伴う議論

1960年の安保法制改正の前後の憲法と安保の議論の変遷を分析しています。

砂川事件についてはこの本で初めて知りました。

東京の立川空軍基地の拡張工事に伴う反戦運動で敷地内にデモ隊が立ち入り、起訴された事件です。その裁判で東京地裁が「無罪」とし、それを最高裁が破棄・差し戻しました。

東京地裁の判断は「日米安保条約は戦力保持にあたり、違憲である。したがって安保条約に基づいた罰則規定よって罰することはできません」というもので

それに対し最高裁

国連憲章がすべての国が個別的および集団的自衛権の固有の権利を有することを承認しているのに基づき、、、、アメリカ軍が日本国内およびその周辺にその軍隊を配備する権利を有する、、、」

という日米安全保障条約の根拠は国連憲章であり、日本国憲法に違反しないというものです。

この判決を受けて法律学者が専門誌等で行った議論の中に「二つの法体系論」があります。これは「日本には憲法ー法律ー命令の系と日米安保ー行政協定ー特別法の系の二つの法体系がお互いに矛盾しながら同時に存在している」というものです。

 

本書なのかでこの砂川事件の関する3人の法律家のいっていること(理論)も理解ができ、話し合われているのが「日米安全保障と憲法について矛盾するか・しないかを議論している」ってことも理解できました。

 

この本の中で私が「議論の理解」できるのが、この部分だけでした。

60年代までは日米安全保障と憲法9条の矛盾をどのように解消するべきかが話し合われてていて、この矛盾した状態は今でも矛盾したまま存在しているので「何の議論をしているのか」という前提が現在と共有されているので、わかりやすい。

 

集団的自衛権の議論に関しては

「必要最小限の戦力」「憲法で制限をされた自衛権」保持という政府の理解と、その制限付き自衛権日米安保の裏付けによってワークしている。政府の考えは「日本に米軍が配置されているのは「集団的自衛権の範囲」であるが、自衛隊が外国で活動することは憲法で禁じられている。自衛隊が国内でその抑止力を発揮できるのは在日米軍があるから。」ってところでしょうか?

この時代には集団的自衛権違憲だという共通認識はありません。

 

憲法9条と日米安保を両立するために起きるであろう混乱について、以下引用、()は私が付け加えたものです。

日本の自衛隊は個別的自衛権のみ基づいて行動するだろう。(憲法9条)しかし間違いなく集団的自衛権を行使する米軍とともにそうするだろう。(日米安保)恐らくは「最低限の実力」組織である個別的自衛権行使者たる自衛隊は、集団的自衛権行使者たる世界最強軍隊である米軍の主導の下に、共同作戦を遂行するだろう。また日本への攻撃がない場合の米軍の行動に日本は協議の上で同意を与えるかもしれない。

読んでいるだけで、めまいがするでしょう?上記の引用に続いて著者は

それらの状態は、法的整理を行わなければならない立場の者にとっては、悪夢のように複雑な事態だろう。だかそれが日本の国家体制の帰結なのだ。

といった指摘をします。

この後者の引用部分については、私は

日本の(外交と)安全保障は、国民にとってどのように運用されているか理解できないほど複雑であり、安全保障上必要な行動の承認を得る手続きは悪夢のように社会的コストが高い。 しかし、それが現状です。

というように理解しています。

 

そのほかには、この時代に高度経済成長に入ります。

 

、、、長かった。本の内容以外で考えたこと。

改めて3章を読み込んでみて、この章だけ比較的議論が分かりやすいのは、現在でもこの時の議論の前提になっていることが変わっていないことと、裁判長という法律の専門家の「理屈で考えればこうなる」というロジックがある意見であったとこが、わかりやすいの理由だと思いました。

政治家の国会での発言はわかりにくい。目的が政治活動ならわかりにくいのが普通のことなのかしら?

専門性を持つということは、普通の人にもわかるロジックを示すことで、必ずしも易しい言葉を使うことではない、とも感じました。

先にあげた二人の裁判長は言葉遣いは難しいし、単語の検索する必要はありますが理論自体が難しいわけではありません。

 専門性とかアカデミックの価値ってこの辺にありそうだな、とも思います。

 

あー疲れた。

じゃ。

信じている価値について

本日も政治と読んだ本のお話し、の続き。

よんだのはこちらの本です。

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

 

前回のエントリでこの本で一番インパクトがあったことが「国体」と「国民の生命」の並置関係だとしました。

 

私は沖縄で生まれ育つ過程で「暖かい(寒くない)場所で生活できることは幸運」と同時に「アメリカとソビエトがけんかしたら沖縄の人は(東京より)先に死んじゃう」ということをごく普通に「そういうものなのだ」と受け止めていました。ソビエトがあった子供の頃、10歳頃の理解です。

「寒くない」と「有事の際には犠牲が出る(可能性が大きい)」ことは善し悪しではなく、沖縄で生きていく与件だと考えており、今でも子供の頃の理解と大して変わりありません。

 

「有事」とは(日本)国民の生命(と財産)が危険な状況になることで、それを回避するための負担・リスク(安全保障の維持)を引き受けるのは「誰かがやらなければならないこと」となので、沖縄に関しては負担が大きすぎると思いますが、おおむね抵抗感・違和感は少なく、受け止めていました。

 

そうなんですが、

国体というなんらかの「システム」、生命でもなく、手で触ることの出来ないサービスのようなものに対してまでそれを維持するために「先に死ぬリスク」を引き受けられるか?というと、、、そんなことは、できません。

私は「国体」にたいしてそこまでのリスクを取って守るべき価値を見いだせません。

しかし、現在の安保法制の考え方をなぞってみると、沖縄に住んでいるということは「国体を守るために犠牲を払う」負担をしなければならない、ということだと思えてなりません。

うーん、たいへん不本意です。

私のような普通の人に出来る政治的な働きかけって「投票と寄付」だと考えており、自分が価値があると思えることにお金を払っていく(寄付する)ことなのですが、、、。

 

私が日頃から感じている「これは大事なんじゃないか」と特に思うことは二つ程ありまして

「自分のこと(態度)は自分で決める」 

「生きている間は生きていたい」

というものです。きっともっと価値を示すのにふさわしい言葉があると思いますが普段使っている言葉であらわすとこうなります。

 

大袈裟に言えばこの二つが私の信じている二大価値です。

思想・信条ってほどのものではありませんが、今現在の私の信仰告白はこのようなものなのです。

 

次回はこの本を読むまで全くわかっていなかったことについて書きたいと思います。

じゃ、またねー。