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脱線しましたが、結論はでました。私は元気です。

特に好きこのんでいるわけではないけれど、認めざるを得ないものの一つに「宮崎駿の長編アニメ」があります。全てを見ているわけではありませんが、TV放送ではなくレンタルでみています。映画館まで行くのは、当時の私にはハードルが高かった。

 あまり期待しないで見た千と千尋の神隠しはとても気に入りました。ひとりの少女の成長物語でもあったからです。また、湯屋のインテリアもとても良かったです。絵としても見ごたえ有りのアニメ映画です。

 

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 認めざるを得ないもう一つの理由が、監督の「子どもたちにこの世界は生きるに値すると伝えたい」と「今の世で作るべき映画(企画)はなにか?」を常に問い続けている映画制作の姿勢が、きちんと外(顧客・子ども・マーケット)に向いていることです。

宮崎駿監督が若い世代への批判として「自分のためにアニメをかいている」との発言を10年程前TVのインタビューで見た覚えがあります。

 

制作体制(制作動機)が良い=良い映画とはなりませんが、他の映画監督でここまで自分の制作コンセプトを明確にして、実作まで仕上げている、いるのかしら?

ジブリという一つのスタジオが、アニメ映画の基準を変革して、かつ実作品まで仕上げ「ジブリ映画」としてひとつのジャンルになってしまった。これが、宮崎駿、監督引退までの物語だと思いました。

 

映画の見方として

ジブリ映画って(アニメ)映画クラシックスとして映画館でかけられるようになったりできないのかな?大きなスクリーンで見るのがベストな鑑賞法の映画だと思うのですが。常設できないのなら、期間限定でもよし。

 

昨年末のレリゴー現象の時に、以前「ナビィの恋」という沖縄民謡歌手が出ている映画を公民館で上映したとき、地元のおばあちゃん、おじいちゃんが三線(三味線)は持ち込む、歌は映画と一緒に歌う、とかなり楽しい感じだったと公民館で見た友人から聞いたことを思い出しました。

 

コンテンツを見るときの動機は「自分が見たいもの」と「他の人が見て話題にしたもの」の2種類だと思います。

映画の見る方法って音楽なみにバリエーションが増えたので、これからは「映画館の楽しみ方」「配信コンテンツの楽しみ方」など享受の仕方での分類わけがあるのだろうか?TVと同じでコンテンツ自体が劣化したのではなく、享受の仕方が人の生活環境とマッチしなくなったのよ、ということ。

「自分が見たい物」「話題の物」「ライブ感が大事な場所」「気楽に見られる場所」

 

一つのハコで映画も音楽ライブも演劇も扱うことはできないのかな?ひとつのジャンルで専用劇場を持つことが良いこととされているけれど。と、ここまで書いてきて、かつてありましたね。ジャンジャンですよ。なぜか沖縄にもありました「沖縄ジャンジャン」という小劇場なのか、小さいハコが。

ジャンジャンの利点は「そこでかかるのなら、間違いないでしょう」という出演者選択への信頼でした。地元のバンドから美輪明宏、イッセー尾方、風と共に去りぬ(映画)などジャンルは横断しつつも、けっこうクラシックな趣味でした。

 

さて、今日は結論は出ません。例によって、断線しまくりです。何を書きたかったんだ?

映画館で見た方がより面白い映画(ジブリ映画など)については過去作品でもストックしてないで、どんどんかけてよー

でした。またねー。