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どうしても美人と結婚したい!人にも参考になるかしら?沖縄移住のプロセスです。

縁もゆかりもなかった、沖縄の離島村に移り住んでこの4月で5年目に突入します。記録として、書いてみたいと思います。あ、一応うちなーんちゅ(沖縄出身)なんですよ。県内移動のお話しです。

 

田舎に住んでみたい理由はたくさんありましたが、

とにかく「ここはきれいだ」と思える場所に住んでみたかった。これは「どうしても美人と結婚したい」男性の気持ちと似たようなものだと思います。

つまり、合理的な説明はできません。性癖だと思っていただいてよろしいかと思います。

都市(東京・福岡・那覇)も大好きだけれど、田舎の風景のきれいさはまた別の価値がある。住みたいと思うなら、「まだ若い(37歳でした)」と言われる年齢のうちに一度試してみて、ダメならズコズコと実家に帰れるうちにやってみよう。だいたい、定年まで生きているかわからないし。という考えでした。

 

住んでみて、気がついたこと

移住にあたって年齢や寿命など、自分の時間の有限性ばかりを意識していました。

が、移住して3年目頃に、「私の定年時(2034年)に移り住むことができる‘田舎’はどのくらいあるんだろう」と気がつきました。社会変化(人口減少)についてはノーマークで、廃村の可能性は全く考えていませんでした。

 

移住にあたって、この生活条件がないと厳しいとはっきり認識していたことがいくつかあります。

①通常の生活範囲が狭いこと/那覇でも東京でもこの条件が整っていればご機嫌。

(小さな離島を選べば自ずと日常生活範囲は小さくなります)

②実家からの距離は遠すぎず、近すぎず、であること/両親は大好きですが、、

(現在の時間距離はフェリー(海路)+陸路=最短3時間です。)

 

その他の変化で決め手になったことは、インターネット技術のクラウドというサービスを聞いたときです、たしか2008年頃だったと思いますが、その時、本気で田舎に移り住んでもいいのではないかと検討しはじめました。理由は説明できませんが、聞いた瞬間に「持ち物が減る」と思ったんですよねぇ。

 

具体的には職場を変えて、1年間アルバイトしながら、沖縄の田舎情報を集め、2年目に職業訓練校で重機の資格が取れるコースを受講し(田舎でウケると思ったんですよ。)、知り合いに「田舎に住みたい、離島もいい」とつぶやき続けました。

そんなこんながあって、今の村に住み始めたのが2010年4月です。

 

 これらの行動の中で、やってみて良かったことは、1年ごとに場所を変えて、新しい知り合いを増やしたことです。

移住活動をするにあたって最初に決めたことは「今の環境のままでは必要な情報が得られない、具体的な情報が入る場所を探すべきだ。」でした。

 

ある日、ハローワークの求人広告で沖縄県の農林水産課のアルバイト募集があり、応募し、運良く1年間雇用されることになりました。これが具体的な一歩になりました。

雇用された課が、仕事の性質上県内の農村情報が一気に手に入り、また農業雑誌も読み放題、という環境で働くことができました。偶然でしたが、とても有効な情報収集でした。また、農業について経験はなくてもある程度の知識があることは村の人との世間話で大変役に立ちました。

 

職業訓練校については、新しい知り合いが増えたことにメリットがありました。離島出身者が多かったのです。当初は資格が取れたらいいな、くらいでしたが、今になっての大きな価値は、離島で育った人から、移住についてのアドバイスを直接もらえたことでした。ちなみにアドバイスは「3年間は黙っていなさい」でした。今の村役場を紹介してくれた人もここの先生の友人でした。

 

この他に週末にできるだけ遠出をして、自分の条件に合いそうな土地を探す、など地道な活動もしていましたが、上記の2点は特に効果的だったと思うのです。

 

私の移住のプロセスはここまでですが、このプロセスが、たとえば「どうしても美人と結婚したい男性」など、説明できないことをしたい人(「できれば美人と結婚したい」ではありません、そこに注目!)の参考になるといいな、と、考えています。

「一度で良いので金髪と結婚したい」などの(バカな)願望を本気でかなえようとする人は、嫌いになれないし、支持したい。

ただ、それだけです。またねー。

 

補足:住み家のうつりかわりメモ

那覇(実家)→神奈川県→東京都→那覇近郊(実家)→離島村という場所変遷をしました。

居住期間の長さは那覇→東京都→那覇近郊→離島村→神奈川県です。