学校でてから十数年、のため息。

先日、生まれて初めて「面接官」というものをしました。

社会人になって19年で初めての経験です。面接官は3人いて、そのうち一人が中学校の先生の経験があり、面接の点数の付け方を教えてくれました。

最初の受験者の点数を全て中央値、1~5段階評価なら、全ての項目を中央値「3」と評価します。その上で、それより上か下かで次の受験者達の評価をしていきます。

 

この経験で一番驚いたことは、学校の先生がきちんと減点することでした。

 

私の「面接」の認識は、「誰かを選ぶ、ピックアップする」という考え方だったので、良いと思う点について加点していく方法で評価していました。なので、これはひどい!と思わない限り2や1はつけませんでした。

私のつけた点数表は多数の人が「3」でたまに「2」(このときは一人だけでした)で「4」が二人、という具合でした。

が、教員経験者の点数表は1~5まで、まるでランキング表のように並んでいます。

このことが悪いとおもいません。ただ、学校が持っている価値観がクリアーに表れたな、と感じました。

学校的価値観をよく言えば、一人ひとりをきちんと評価しています。

私のやり方は「注目すべきはこの人です」という評価です。一人ひとりにきちんとした評価をするわけでなく、この集団の中でいいのはこの人、という人の見方です。

そのかわり、一人ひとりの欠点には注目しません。

 

もう一つ、評価の上で違った点が、「今まで、真面目に頑張った人」をきちんと評価する教職者と「これから面白い結果を出すか?」に期待している私、という違いがありました。

 

私は「指導すれば直せる点」については減点も加点もしませんでした。指導しても身につけることが難しいと思うこと、今回の場合は「回答するときにこちらの目を見るか」でしたが、このコミュニケーション力が備わっているかに注目して面接していました。

 

こんな感じで、学校教育を離れて19年、以外に自分が学校的価値観から離れて、物事の判断を行うようになっているのだな、と一安心(?)

 

少し話は変わりますが、以前、大前健一さんの著書で「若者が政治運動をしないように(おとなしくなるように)偏差値を導入した」と政治家の発言を紹介していました。

この偏差値導入の経緯が正しければ、学校で上から下までズラリと並べられるランキング評価に一定期間ずっとさらされていると、子どもって意欲がそがれて、おとなしくなるのかな?

 

こんなことを考えて、ため息が出ました。

 

またねー。