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活躍しても、しなくても、どちらにせよ世の中は変わる

「一億総活躍社会」ときいて、瞬間的に

「残った0.273億人の方に入りたいな、、、。」と考えました。南京錠ともうします。

 

今日は少し真面目に日本の将来について考えてみたいと思います。

将来の人口についてです。

私は日本の端っこの沖縄県のさらに隅っこにある離島村に住んでいます。この立場から、人口減少社会における地方の選択肢はどのくらいあるのかな?ということを考えてみたいと思いました。

はい、お題は「人口減少下における地域社会の選択肢について」です。

 

理屈で考えてみると、人口に関して地方の将来像は三つです。

①人口増加を目指す

②現状人口数を維持する

③対策しない。将来的に廃村・有人地域消滅もあり得る

このうちどれを目指すべきかを検討してみたいと思います。まずは一つずつ検討していきたいと思います。

うまくいくかな?では、いってみましょう。

 

 

いつまでに、どのくらい人口を増やしたいかを決めなければなりません。

下記のサイトで具体的な数字を出して検討してみました。

issueplusdesign.jp

 

で、とりあえず2060年人口を2010年人口の1400人から100人増の1500人と設定してみましょう。また、「子どもはせいぜい二人」というトレンド(沖縄の県の合計特殊出生率は1.90です)や転出の主な理由が進学であるなどの条件はそのままに、転入者だけで増やした場合を見てみましょう。

その人数を達成するためには

①人口増加(1400人→1500人モデル)

転入者数を10名/年・増加

(通常40人~50人/年ほどの転入有り:学校の先生等の転入含む)

なので50名から60名程の転入が毎年あるということです。1400名の村なら3~4%程度の転入者率です。

 

となりました。つまり、学校の先生以外、沖縄県が派遣する何らかの公務員以外の転入者が10名入ってこないと50年後に100人増加は期待できない、というものです。

 

②現状人口維持(=1400人モデル)

上記と同じ条件設定で、転入者8名/年でした。

現状維持するだけでもこれだけの転入者が必要なのですな、、、。

 

③無体策モデル(1400→?モデル)

転出も転入も今のままに任せて、出生だけを2.0人だとすると

2060年人口は890人です。510人の減少でした。36.5%の減です。

 

 

なるほどー。

では、次は出生率だけで人口を維持するにはどのくらいの数が必要か検討してみましょう。

①1500名:4.18人

②1400名:3.85人

ここでは③の無体策は検討しません。

えー、この数字からすると

一組の夫婦が4か5名の子供を産み育てる、と50年後に100名増加している。一組で3、4名の子どもの場合は現状維持ができます、という状況ですね。

ちなみに第2次世界大戦後の1947年が出生率ピークで4.54で、これが最大値、近年ではひのえうまの翌年1967年の2.23が最高値です。

 

ここで、なんとなく問題の在処が見えてきました。

人口増加、人口維持の二つの将来像においては、問題は「転入者で人口を増やす」か「出生で増やす」か、どちらに力を入れるかで、対処すべき事が違ってきます。

例えば、

転入者で増やしたい場合は「仕事と住居」の充実が問題となり

出生で増やす場合は「徹底した早婚のススメと仕事」の充実が問題となります。

また、同じ「仕事の充実」においても

前者では「フルタイムの仕事の種類を増やす」、後者では「パートタイムの仕事の種類を増やす」など社会設計の前提が違ってきます。

 

すこし、説明を加えると、出生で増やすときの早婚のススメは4,5人の子供を産む時間的コストを考えたとき、20代前半から産み始めないと間に合わないこと。

また、パートタイムの仕事の種類を増やすのは、個人がどのようなライフスタイルを取るにせよ、何処かの時点で「所得を得る」という経済活動に参加しなければ暮らしを立てられないことを根拠にして結論づけました。

僻地ではフルタイムの仕事は実質公務員以外存在しないので、ここでは検討していません。

 

えー、っと。ここで考えたいのは解決策ではなく、解決すべき問題はなにか?それはいつまでに解決すべきなのか?です。

というややこしいことを考えたいのです。

うーん、だれか助けて、、、。頭が回りません。

仕切り直しましょう。

 

人口増加・維持の方法は転入増加と出生増加なのですが、

転入者による増加をメインとした場合、社会設計として

 

a:元からいた人と仕事の取り合いにならないような新しい仕事の創設

従来からある職業の農業は農地に対して大変厳しい規制があり、また、農業者の「土地は先祖から受け継いだ大切な財産だ」等の意識が強いこともあり、新規参入は気軽には勧められません。漁業についても同様です。転入当初は短期間の賃仕事をしながら様子を見つつ最終的には新しい仕事を興していきましょう。

 

b:地元になじんでもらうための地域(行事等)への参加の仕方

仕事では地元の人とかぶらないことも大切ですが、全く地域と関わりがないとそれだけで地域社会から嫌われてしまいます。顔と名前とどこに住んでいる人か程度の情報が伝わるような関係は最低限必要だと思われます。お祭り、作業には積極的に参加しましょう。また、地域側も転入者の参加しやすい方法を考えましょう。参加して当然という態度では信頼関係を築くことはできません。

 

c:教育分野での教育方法の検討(子どもの数280名:20%)

従来型の教育は「目指すべき雛形に向かっておおざっぱな教育をし、出来た子どもをピックアップして必要な地位(クラスのリーダーなど)を与える」ものですが、これは子ども人口が多く、誰かは「出来る子」になるだろう社会で有効だった方法です。

この方法とは別に「分数の計算が出来なければ小学校三年生は終了できません」というスタイルも必要になってくると思われます。少数の子どもで将来の経済を支えるので一人一人の生産性が高いことが求められます。現在の大人が受けた教育より知力において厳しいものが必要とされます。

 

と、このようなこと必要と考えました。

 

出生数で人口増加をしていく場合は(1947年ごろの出生率4.54が目安)

 

a:子どもの状況によりワークスタイルを変更できる仕事を増やす

フルタイム職について妊娠・出産・子育てを可能にすることが望ましいかもしれませんが、社会がその様に変化するのを待っていると個人の人生が先に終わります。まずは短期的なアルバイト、通年パートタイム、などのワークスタイルが選べる仕事をつくり、女性の働き方に選択肢を増やすことが第一歩です。(いなかの仕事は、無いかフルコミットか、の二択が現状です。)既存産業の業態の変化というのでしょうか、それが必要になります。

 

b:低収入でも生活できる社会体制の整備(テクノロジーでの解決)

とにかく、生活の基礎コストを安くあげることが可能な地域社会を作りましょう。自家発電の奨励や井戸水利用の推進、またそのためのテクニカルな知識の普及をしましょう。女性が20代から30代半ばまでほぼ出産・育児に時間を取られることを考えると、大半の家庭が片働きで低収入であるというのが前提です。さらに、女性が社会復帰し賃仕事に就いた場合でも、仕事の経験が不足していることにより高い賃金の仕事に就けない可能性もあります。職業訓練の機会をどのように設計するかも検討課題となります。

 

c:教育観の変化(子どもの数550人程度、37%)

一つの家庭における子どもの数が多い場合、家庭教育でなされることは箸の上げ下ろしがしつけされていれば御の字でしょう。

学校教育では働いて稼ぐ自信のある子どもについては積極的に就職を早めるようなキャリア教育が必要になるかもしれません。「才能のある子どもは早く世間で稼ぎ、取り柄のない子どもはせいぜい勉強しなさい」くらいの価値の転換が必要になってきます。

それに合わせて、年齢にかかわらず、「稼ぐこと」を試せる場所が必要になるでしょう。これにより、早期の就職・早期の結婚・出産を可能な社会を作ります。

 

うー、適当な思いつきをもっともらしく書いてみたのですが、どうでしょうか?

 

出生数だけで人口維持をするというのがいかにクレイジーな考えであるかわかったことは今回の大きな収穫でありました。戦後の1947年年頃の出生率を再現しないと現状維持も出来ないとはすさまじい。いっそのこと、もう一回敗戦した方がいいのか?と勘違いしてしまいそうです。

転入者で人口を増やすモデルとは親になる人を増やすと言うことで、価値観の多様化と選択肢を増やしていく社会の仕組みが必須だと考えました。そして、この仕組みで運営してる国があることに気がつきました。アメリカ合衆国です。移民って、結局アメリカ人の親になる外国生まれの人ですよね。いまさらですが、やっと気がついた。

 

③の無体策、撤退もやむなしモデルですが、これはあまりに難しいので単独で考えた方が良いと思い、別のエントリで書きます。

 

んー、まあ、ここでひとまずのまとめをしましょう。

 

今までと同じような社会運営を続けていると、(人口の)現状維持さえできません。社会も個人の生き方も変化することは必須であるという認識を持ちましょう。

変わることが必須の社会に置いて、一人ひとりの個人の人生では親世代と同じように振る舞っていても、同じ結果は得られません。つまり、言われたことをこなす仕事をミスもなくしていても、人口減少下では経済が縮小していくのでおのずと家庭を維持するような経済力は得られません。また、変化することが当然の社会で必要とされることはミスなく仕事をすることではなく、変化する社会に必要とされることを満たす仕事です。何が仕事になるのか?がわかることが求められます。

このような状況の中で地域社会の選択肢は現状の人口を維持したければ変化することを避けられず、どのような変化をするかという選択は出来ますが、変化しないということは選べません。

また、個人に置いては今までのように人生の良い生き方モデルが一つではないことを十分に認識しましょう。

 

こんなところですかねぇ。

 

ま、今宵も「できれば0.273億人側の活躍しない人」になりたいおばさんの与太話におつきあい頂き、ありがとうございました。

 

またねー。