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行ってみたいのは1972年です。

政治 つれづれ

今週のお題「行ってみたい時代」

1972年の沖縄に行ってみたい。

1972年とは沖縄県が日本に復帰した年です。ドルから円への通貨切り替えや、年号表記の切り替え(西暦から和暦へ)、郵便切手・母子手帳の発行元が琉球政府から日本国へ、などなど普通の人の暮らしも激変した年です。

ちなみに、沖縄でその人の年齢を知りたいけど直接聞けない場合の質問として「復帰の年は何をしていましたか?」という質問方法があります。復帰の年に生まれた子供は「復帰っ子」と呼ばれていますが現在43歳です。

これが大阪なら「万博の年は?」東京なら「前の五輪の時は?」などなど、ローカルでいろいろな質問が考えられるでしょう。

近年だと何が指標になる年があるかしらと考えてみると、沖縄だと「沖縄サミットの年」などでしょうか 。2000年だっけ?

 

今年はちきりんさん主催のSBR(ソーシャル・ブック・リーディング)に参加して、一人では決して読まないだろう「昭和史:1936→1945・戦後編」を読んだので「今の時代を決定づけたのは、いつだったのか?」というモヤモヤした疑問を持っています。

 

少ない知識を総動員して、この時代に行ってみれば、今の「なんでこうなっているの?」が分かるに違いない、とおもうのが1972年なのです。

 

一番大きな変化は日本本土へ行くときにパスポートが不要になったこと。入国審査もなくなりました。そのため、労働市場が流動化し、経済が農業主体の地域からは本土への出稼ぎが増え、人口減少が始まります。また、那覇市は本土企業の進出により、雇用が増え、中北部からサラリーマンとして働く人が増えたため、郊外住宅地が拡大していき、同時に本土への労働流出が起こり、住民のプロファイルが入れ替わり始めます。

 

このときの日本の首相は佐藤栄作さんですが、のちにノーベル平和賞をもらっています。(非核三原則を含む平和外交を勧めた功績による)

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左:佐藤栄作 右:ニクソン(米大統領)1972年当時

 

この1972年の前後はどのような時代だったのかな?と思って、総理大臣の歴史をウィキペディアに訊いてみたところ、

内閣総理大臣の一覧 - Wikipedia

昭和の部分だけを見ていたら、

「この人は何をした人だ」と総理としての実績がすぐにでてくる人が少ない事に気がつきました。これは、私の知識が一般常識よりも少ないせいなのか、それとも、そもそも4年以上の長期政権が少なく、その人の実績だとはっきり認識できるひと自体が少ないのか、どちらでしょうか?

歴代の首相で年表などの資料/データが無くても「この人の実績」が分かる人は

吉田 茂:主権回復

池田勇人:所得倍増

佐藤栄作:沖縄・小笠原諸島返還(平和外交)

田中角栄:日中国交回復・日本列島改造論(産業の工業シフト)

中曽根康弘:プラザ合意による内需拡大路線?(バブルへ誘導したのかな?)

小泉純一郎郵政民営化

この6人については認識していましたが、これって一般常識の範囲からは少なすぎるのでしょうか?

ちなみに、上記の認識はリサーチする前の知識なので間違いの可能性は大きいです。特に中曽根康弘さんの実績は、私の認識は「バブルを誘導した」なのですが、世間的には違うでしょう、きっと。

 

それで、それぞれをウィキペディアにきいてみました。

 

吉田茂 - Wikipedia

池田勇人 - Wikipedia

 佐藤栄作 - Wikipedia

田中角栄 - Wikipedia

中曽根康弘 - Wikipedia

小泉純一郎 - Wikipedia

 

いやー、やはり、仲宗根さんの実績については誤解していましたね、「国鉄電電公社・専売公社の民営化」やってるじゃないですか。このうち鮮明に覚えているのはNTT株の上場の時のフィーバーぶりです。

 

もう一つ、認識を改めたのは池田勇人さんについて

「貧乏人は麦を食え」と「私はウソはもうしません」と「所得倍増」が同じ人の発言だとは知りませんでした。

「貧乏人は麦を食え」は本人がそのとおり発言したのではなくマスコミによるコピーだったようです。当時でも大炎上したのでしょうか?

発言の趣旨は「麦が国際価格になっているので、米の値段を不当に低く抑えるのではなく徐々にあげていき、国際価格にしたい。今の米の価格(の低さ)は市場統制によるものです」という説明に引き続き「大所得者は米を多く食べ、小所得者は麦を多く食べるという経済原則に従う方針です」と、いうものでした。

 

今現在webで活動している同姓同名のイケダハヤトさんと似たキャラクターに見えて面白いです。

 

数々の炎上発言のイメージを利用したテレビCM「私はウソはもうしません」も面白いですよね。どなたかYoutubeにアップしてくれないかしら、みてみたい。

 

1972年前後の首相の変遷は以下の通りです。( )は在職日数です。

1960~1964:池田勇人(1575)

1964~1972:佐藤栄作(2798)

1972~1974:田中角栄(886)

ですね。田中角栄さんって首相在任期間は短いのですね。うーん、以外。

 

ま、そろそろ本題の行ってみたい時代に戻りましょう。

 

1972年の1年間を沖縄に行くと、今の知識をそのまま持って行ける前提として

通貨の切り替え、西暦から和暦への切り替え、など社会システムの切り替えが体験出来る上に、労働市場が日本と統合される事による人口変動、など今では体験出来ないダイナミックな体験が出来るでしょう。

また、70年代日本では学生運動の発展形(?)である連合赤軍などの社会運動がテロへと変化していきますが、そのときの残り火が生き続けたのがオウム真理教による地下鉄サリンテロだと思います。その大本になった70年代当時の雰囲気ってのを体験してみたいです。

団塊Jrが生まれ始める年、でもあります。団塊の世代が若者だったという事もみてみたいですね。けっこうくだらなかったと思うんですよね、「俺たちの若いときは~」などと言っていますけど、、、。

ってなところですかねぇ。

 

では、今日はこんなところで

またねー。