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お金の巡りが悪いときに考えること

お金と結婚 つれづれ

最近、立て続けに

「これ以上給与が上がらないとわかったとき、人の考えや行動はどうなるか」

の実例と呼べる出来事ふたつに遭遇しました。

 

どちらの出来事も、40歳前後の女性の発言や行動でした。

 

出来事1

Aさん:給与が安く、前職を離職した時の発言。

「私が苦手な人間関係とか我慢して働いているのに、今の若い子がふらふらして(働かずに)、最終的に生活保護とか使うのって許せない」

 

出来事2

Bさん:賃金の未払いがあったとの問い合わせ。

「銀行の通帳記帳を確認したら、半年前に単発で時間外勤務したときの賃金の支払いがない。更にさかのぼって2年間の単発アルバイトの支払いがない」との問い合わせ。オチは賃金明細を確認すれば、基本給に含まれている事が判明。

 

ふたつの出来事に最初に感じたことは、どんな思考回路をしているのだ!?ということでした。

職場の人間関係を我慢することと他人が生活保護を受けることには何ら関連がありません。また、後者の場合は考えるまでもなく、うかつな行動でしょう。

 

そして、しばらくして彼女達の発言や行動は「給与がこれ以上あがらない」ということが前提になっていると気がついたのです。彼女達自身が自分がこれ以上稼ぐことはないと自分自身の将来を安く見積もっているのです。

もっとわかりやすくデフォルメすれば「将来に希望がないときに人がとりがちな言動」なのだ、と。

さらに、しばらく時間が過ぎてから、私が若い時に初めて失業したときに同じような気持ちになったことを思い出しました。解雇による失業だったのでとても将来が不安だったことを良く覚えています。それから、なりふり構わずアルバイトを紹介してもらいそのうちの一つがつぎの就職先になったのです。

 

40歳近くになって初めて、来月の収入はあるのだろうか?とか、いくら働いても給料は上がらないのだ、という経験をすることは大変なことだと思います。

こういう人にはどのように対応すべきか?は私には思いつきません。じぶんがこういう人にならないことぐらいしか思いつかなかった。

 

 

私もお金に関する話をすることは大好きですが、自分がとても大切にしていることに関してはお金を一番の決め手にしない、ということは世間の常識だと思っていました。

このことは若い時ははっきり言語化できませんでしたが、20代の時に「今はお金よりも経験をすることの方が大切だと思う」と時給が安くてもコネが広がりそう、スキルが身につきそう、という仕事に関して引き受けていました。

つまり、今の時給は安いけれどこの仕事を通して身につけたスキルで将来稼ぐことが出来るだろう、と楽観的に考えていました。この考え方は間違っていないと、現在でも思っています。

そして、その後のリストラ失業(2度目!)や自主的転職、実家住まい時の1年間にわたる失業と家事専念期間などなどを通して、どのような経済状態でも幸せに生きていけるかは本人の決意によるものなのだ、と思い至ったのです。

また、お金は自分がやりたいことを実現するための道具であり、その道具に人生の幸福感や達成感を左右されることがいかにバカらしいことか、も痛感しました。加えて、仕事ってお金を増やすゲームなんだとも思いました。

 

若い時に失業したことがその後お金の価値についてしつこく考えるきっかけになり、その後、働いたり失業したりを通じて,今の私のお金に関する態度が出来たのだと思います。

生きていく上で避けて通れない道具なので、セコイ損得勘定ではなく、今の私にとって「お金の価値ってこれくらい」を常に判断できるようにありたい。

 

またねー。