夜中に酒を飲む母とヒョウ柄の服のお話

私の両親が、良いところもダメなところもある普通の人だ、ということをはっきりと認識したのは、高校生〜大学生にかけて徐々に

「お父さんって、こういう時(家電を買う時)にはあまり頼りにならないのだ」とか、

「お母さんにこの手(外出着の洗濯)のことを任せてはいけない」

などの経験を通して、ある時「そっか、親といえども普通の人なんだよな」と気がついたのです。

 

幸いなのは、私の親は「ダメなところもある人」であって「ダメな親」ではなかったところでしょう。

 

今年のお正月に里帰りした時に、母から、私にとっては衝撃のダメ話を聞くことができました。

 

きっかけは、ヒョウ柄を着てみたいと思った私が

「お母さんさー、緑の地に黒のヒョウ柄のブラウス持ってたでしょ?」

「あれ、もう着てないなら、ちょうだいよー」とおねだりしたのです。

 

その服は母が今のわたしの歳頃に着ていた服で、私も母が着ていたことを覚えていました。友達のお母さんでヒョウ柄の服を着る人がいなかったし、印象が強かったのです。

 

「あんた、、、よく、そんな服のこと覚えてるわねー」などと言いつつ、そのヒョウ柄の服をタンスから持ってきてくれたのですが、そこから小一時間ほど

今の職場に復帰するまで、いかに大変だったか

という思い出話をし始めました。

 

その話の中で、さりげなく

「復帰するために受けていた研修についていけなくて、毎晩酒飲んで寝ていた」

と、さらりと言ってのけるのです。

 

、、、、。お母さん、、、私には、遅い時間からの飲酒を仁王立ちになって怒っていませんでしたっけ?、、、。私が怒られたのは一度や二度ではないので、よくその言い分(なぜ、夜中の飲酒がいけないのか)も覚えていますよ。、、ブツブツブツ、、、。

 

母は基本的に女性はあまりお酒を飲むべきではない(健康を保つための観点から)と考えており、せいぜい夕食と一緒に(少量)飲むのが限度である、と思っているようです。

ちなみに、これは生理があるうちの話らしく、年寄りにはあまりそういったことは言いません。

 

母は賃金仕事、というのでしょうか、人に雇われて働くことから10年ほど完全に離れていた時期があり、未子(私のことです)の大学進学が決まった年に研修を経て、今の仕事に復帰しました。確か、母が52歳頃の話です。

40代の頃の母は自身の母(私の祖母)の介護と長女の大学受験から始まる子供たち4人の受験ラッシュ(と思春期)でとても大変な時期だったと思います。その頃に着ていた服が、私がおねだりしたヒョウ柄ブラウスです。

 

母は毎晩、よくないと思いながらも、お酒を飲んで寝ていたのでしょう。ヤケ酒ってやつでしょうか?

 

お母さんにもそんな時があっただなんて、今まで知りもしませんでした。

 

いい年こいた女が(研修が辛くて)ヤケ酒あおって寝ている、なんて、そこだけ書き出すと、とてもダメな人に思えますが、その後、母は今の職場に55歳で(アルバイトではなく)雇用され、20年以上働き続けました。

 

なんだか、ダメ話だけど、いい話。

 

お正月はこんな感じでお母さんの話とヒョウ柄の服をもらって、大満足。

 

ちなみに、夜中の飲酒ぐせはたまにぶり返しています。ええ、、ええ、、ママの言いつけは守っていません、、ええ、、ええ、、、、。

 

じゃ、またねー。