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アメリカン・ファインアートと不思議なドナルド・トランプ

例えば、この絵が表現していることは

http://newedition.co.jp/zaiko/aida-makoto/img/manaita.jpg

会田誠:まな板の美味ちゃん)

アートの領域で流通(発表)しているから許されています。

 

JMMというメールマガジン冷泉彰彦さんのアメリカレポートがあります。

トピックがこの人

http://www.cnn.co.jp/storage/2015/06/17/25459bbd6f1d6b4184db0bd873c79218/donald-trump-cnn.jpg

 

トランプ現象は誰が支えているのか?というタイトルで

アメリカの有権者のどの層の代表なのか?

という疑問がテーマでした。

結論は

ドナルド・トランプ氏が代表しているのは

崩壊していく「ミドルクラス」の怒りだ

というものでした。

 

このメルマガの結論を読んで

そもそもアメリカには土着の芸術は一つしかない、ほかならぬ政治である。

(P・Fドラッカー著:傍観者の時代・第15章お人好し時代のアメリカより)

という一文がすごく腑に落ちました。

 

つまり、日本やおそらくヨーロッパでもアートの領域やほかの分野で現れてくる、あまり褒められたものではないネガティブな感情の発露が、アメリカでは政治の舞台で出てくるのだ。

そう考えるとドナルド・トランプ氏の不思議な存在感の「不思議さ」が腹に落ちました。

 

先に例とした会田誠さんは著書「カリコリせんとや生まれけむ」でジャクソン・ポロックの絵画を「当時のアメリカ人のみならず、もっと広く20世紀後半の文明国に生きる人々が持つ、言い知れぬ不安や焦燥を映す鏡になったと思う」と位置づけ、「アーチストは同じ国や時代を一緒に生きる多くの人々の心の闇や傷こそ表現すべきだ」と記しています。

http://cdn.amanaimages.com/cen3tzG4fTr7Gtw1PoeRer/50301001092.jpg

ジャクソン・ポロック製作中)

ジャクソン・ポロック - Google Search

私も、表現の手段を持たない人の心情を音なり、色なりを使って表現するのが芸術や表現の仕事だと思っています。

 

 

アメリカで政治がアートであるならば、ある階層の人々のネガティブな感情の発露が選挙という舞台で、言葉を使っての表現として現れてきても不自然ではありません。

 

日本社会もある特定の人々が「いくら働いても、便利にはなるが、豊かにはならない生活」をしています。

アメリカでも「ミドルクラス」と呼ばれる人々が、自分の子供は私(親世代)より豊かに暮らすことはできない、という実感を持ちつつ日々を暮らす状況が長い間続いているようです。

(メルマガではきちんと統計の数字を使って分析しています。)

 JMM | 村上龍電子本製作所

 

おそらく、この状況は日米だけではなく、ヨーロッパでも起きていることだと思いました。その状況から抜け出したい一部の人がISに流れているのではないか?と自分勝手に仮定しています。

 

私にとってアメリカは好き嫌いといった対象ではなく「付き合うしかない図体のでかいお隣さん」です。ちなみに中国もそのように捉えています。沖縄という土地柄からそのように強く感じるのかもしれません。

今まで、アメリカ大統領選挙に向けての党大会(大統領予備選)で摩訶不思議な候補が雨後の筍のように出てくるのが不思議でたまらなかったのですが、大統領選というファインアート(マーケット)を支える、民俗芸能レベル(市民参加のアートフェス)の行事だと捉えれば、えらい納得の現象です。

 

そして、アメリカにも決して貧困という状況ではないが、将来に希望が持てず、感情の行き場がなくウロウロとしている普通の人がたくさんいるんだな、と思うと

「トランプが出てくるアメリカ」

を笑ったり、正気を疑ったりするよりも

「今は辛いけれど、頑張ろうね」

と言いたくなります。

 

自分の将来に期待できることがない・希望がないと思える時は、ほんとうに辛いものですが、いつまでもその状況が続くことはありません。

 

って、英語でなんていうのかな?

 

じゃ、時間切れなので

 

またねー。