読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ふたつのアタマで考えよう!

ふたつのアタマで考える=議論、の価値それがわかる対談本でした。

「そもそも」から考えられる人同士で議論をする、ってこういうことなのかー。 

悩みどころと逃げどころ(小学館新書)

悩みどころと逃げどころ(小学館新書)

 

プロゲーマーの梅原大吾さんと社会派ブロガーのちきりんさんが「学校教育」をテーマに議論を進めていきます。

前半は二人のお互いの学校体験から「学校的な価値感」とはどういうものなのかを学歴・競争・目的・評価など論点からのテーマのすり合わせが対談の中心です。

後半の第5章「人生」で「いい人生って何なの?」を テーマにした時から、二人がグイグイと「あ、そうか!」という発言とともに、議論がドライヴしていきます。お互いの考えの同じところや違うところもありながら、

 

良い人生を送るために必要な社会における役割や居場所を得るには、紆余曲折・右往左往するプロセス(本書なのかでは「あがく」と表現しています)が必須。

あがくプロセスは、ウメハラ:一つの分野をとことん突き詰める。ちきりん:勝てる場所が見つける、見つかるまで逃げる。とあがく方法は二人の間で違っています。

しかし、二人は良い人生の原点はあがくプロセスをきちんと経ること、については一致しています。ちきりんさんの主張はその「あがくプロセス」を無意味に見せているのが「学校的な価値観」だ、というもの。

「あがくプロセス」に必要な「自分の本音を知る」のは簡単ではない。

 

といったことを二人で探り出していきます。

 

私がこの対談で学んだことで、最も印象的なのは議論のテーマそのものよりも「テーマ設定の仕方」です。

「この人はゼロベースで考える力があるから、普段のインタビューではほとんど語られていない「学校教育」をテーマにしたい」

 

これって、ウメハラ+ちきりん+読者で思考過程を共有したい、というコンセプトですよね?きっと。

 

「学校体験」はほとんどの人が通過する体験ですが、対談者二人の経験は「いつも寝ていた」と「学校エリート」と180度違う。

お互いに「僕はこうでした」「あたしの場合はこうだった」とそれぞれの経験を交換しながら、先に書いたような「あがきのプロセス」の必要性、といったものに到達していきます。

 

議論とか対話ってこうやるんだ。

 

本書を読みながら「私の身の回りには議論や対話ってあまりないんだな」と気が付いたしだいでございます、、、。

 

議論のテーマってこんな風に設定して、面白い議論にできるんだなー。

 

テーマの設定は議論の面白さを左右する大事な要素なのだ。そうなんだー。この本を読んで初めて気が付きました。このやり方って、真似してみようかな、、、話す相手がいないんだけどね、、、。

 

 

本の内容そのものからも学びや人と話してみたい話題が多い本でした。

それについては、また、今度。

 

私が勝手に考えた本書の副題が今日のタイトルです。

この本の真似です。

自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう

 

 

またねー。