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ドイツの少年は盗んだ車で走りだす

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ドイツのヤングアダルト向けの小説を読みました。

14歳、ぼくらの疾走: マイクとチック (Y.A.Books)

14歳、ぼくらの疾走: マイクとチック (Y.A.Books)

 

 

物語は2010年のベルリンのギジナジウムに通う14歳のマイクとクラスメイトのチックの二人の男の子が夏休みに(盗難車で)自分たちだけのバカンス・旅に出る、というものです。おはなしはマイクの語りで進んでいきます。

 

・マイクの母親はアルコール中毒父親の経営する会社は傾いており、父親は秘書と浮気をしている。

・チックはロシアからの移民だが、ドイツ系であり、週に1日は学校に泥酔した状態で登校する。物語の最後の方でゲイだとわかる。

 

状況設定はドイツの現状を反映したもの(だと思います)で、この中で二人が様々な人物に出会ったり、二人で語り合ったり、しながら旅は続きます。

 

この物語の魅力は

「いつの時代でも男の子とはこういうものなのだ」という普遍性を書きながら

今のドイツの複雑でネガティブな状況も描写し

しかもそれでも希望を持って生きることができるんだ

ということを示すところです。

 

男の子の普遍性とは、(私から見ると)不思議なロマンチックさを持っているところ。

物語の中では、宇宙人の存在を信じていたり、その宇宙人の中にも自分たちのように「他の宇宙人がいるって信じている人とそうじゃない人がいるんだぜ」などど言い合って喜んでいるエピソードが印象的でした。

また、旅の途中で女の子が一人加わって3人の旅になるのですが、登った山の山頂で「50年後にまた3人でここで会おうよ」などと約束してみたり、、、などなどのバカすれすれのロマンチックさを存分に発揮しています。

 

複雑な社会状況を反映しているな、と思うエピソードとして、チックはロシアからの移民ですが白人ではないことがやんわり示唆されています。

バカンス途中に偶然再会したクラスメイトがマイクに向かって

「あのモンゴルと一緒なの?」

とクラスメイトがアジア人を軽視していることを示す一方で、そのクラスメイトの父親は、自転車の旅行(ツーリング)だと勘違いして二人のためにたくさんのサンドイッチを買い与え、旅を続けるように励まします。

 

また、自分たちとは違う階級の集団(話し方や服装が違う)と出会ったり、ゴミ拾いをして生きる老人、外国語の標識しかない地域(知らないうちに国境を超えたのか?EUだから?)、廃坑にになった石炭村(ドイツは油田を持っていません)、その村に今でも住むロシア人の罵るコミュニストを名乗る老人、、、、。

ヨーロッパ(大陸)に住むということは、隣の国の事情は「対岸の火事」ではないことが描かれています。

 

この物語で私がすごく気に入っている登場人物は、主人公のマイクの母親と旅の途中で出会う「カバ」と呼ばれる女性です。

 

マイクの母はアルコール中毒ですが、リハビリ施設に行くことを「ビューティーファームに行く」と言ったり、なかなかユニークです。

物語の最後に自宅のプールに家財道具を次々と投げ込んでいくエピソードでは、アルコールに依存しながらも母親が息子の幸せを願っていることがわかり、息子のマイクも「困った母」だと認識しながらもお母さんはプールに飛び込むのがうまくてかっこいいなどど感じています。

こういった、ダメな人ながらも母としてのやるべきことを果たそうとする、女性をフェアーに描いていると思いました。

 

もう一人の「カバ」は旅の途中でチックの足に怪我をさせるのですが、マイクとチックが盗難車で旅行している問題のある二人だと認識していても、自分の引き起こした事態の責任ある行動として、二人を病院に連れて行きます。

この女性、二人が診察を待っている間、一緒に座って話し相手になったり、帰りの電車賃として100ユーロずつ渡したり、損害賠償が発生したらここに連絡しなさい、などとかなり正直で親切なのですが、最後に一言、二人の少年を見で

「あんたたち、ジャガイモみたい」

と言い放ちます。

この感覚、わかりますでしょうか?

おばさんって、ほんとうに、こんな感じで唐突に自分の思ったことを口にします。

ドイツでもそうなのか!という驚き(喜び?)と、この部分は実話でしょう?とか、その年頃の男の子って、すごくモサモサして見えるので「ジャガイモ」の比喩はすごくいいね!などなど、楽しく連想が広がりました。

 

この「おばさん」や「アル中の母親」というキャラクターをここまで生き生き描いているのは珍しいことだと思いました。

この二人の女性の生き生きとした描かれ方が、ドイツ人一般の女性観を反映しているものであるならば、女性を特別なものとしてでなく「普通の人」として捉えているのだな、と思います。

 

ドイツ、イタリア、日本は先進国の中でも性別による役割分業意識が強く、また、女性に母性的であること(男性とは違うこと)を求める傾向がある、という分析を読んだことがあります。

 

ドイツの女性観も変わってきた、ということなのでしょうか。

 

児童文学の役割は、まだ自分の言葉で表現のできない歳頃の子供に、自分や今の社会状況を表すための優れた言葉の表現を与える・指し示す、ことだと思います。

「物語でしかない」かもしれませんが、それでも本格的に社会に出る前の人たちに

「世界の状況は楽観できないが、それでも信用できる人はどこかにいて、個人どうしは助け合って生きていくことができる」

ストーリーを示すのは、大人として良識のある態度、だと思いました。

 

この小説、傑作だと思います。

 

またねー。