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なんで、自分のアタマで考えなきゃいけないのさ?

お子さんがいる人に聴いてみたい質問が、エントリタイトルです。

 

ジブンの子どもから

「なんで、自分のアタマで考えなきゃいけないのさ?」

と訊かれたら、どう答えますか?

 

実はこの質問、私が子どもの頃(中学生~高校生)に思っていたことなのです。

今までにその時代その時代のアタマのいい人が十分に考えたことが本になっている。なんで今の時代に、私がジブンのアタマで考えなきゃいけないのさ?

もう誰かが回答を出している問題の方が多いんだから、その回答を探せれば十分じゃないか?

後から生まれた世代は先人の遺産(考えたこと)を使って楽して生きていいはず。そうすれば、もっと先に行けるはず。

 

って、なまいきですねー。今の私が聞いたら張り倒してしまいそうだ。

 

わたくし、35歳くらいまでこういった考えを持っていました。

ものを考えない方が人は幸せに生きていける、って本気で考えていたのです。

 

今はどう考えているかといいますと

自分で選びたいことについては、世間はどうであっても私はこうだ、という決断が必要だ。そのためには自分のアタマで考えること、自分の意見を持つことが大切。

と、まあまあ、真っ当な場所(だと思う)に落ち着いています。

 

では、自分で選びたい事ってなにさ?と聞かれましたら

①住む場所

②、、、思いつかん、、、

うーん、これだけなんですよねえー。誰と住むか?何を仕事とするか?も選びたい気持ちは住む場所に比べたらあまり強くありません。

ただ、住む場所を時々変えたい、のが希望です。

 

住む場所は自分で選びたい、のが私のやりたいことなのですが、居住地を絞り込むために決めなきゃいけない、小さな決断の数は多かったです。

 

その中でも政治的な決断だったのが、「米軍基地とどのような距離を取るか」でした。私のその時の結論は「米軍基地のある自治体には住まない、米軍基地があることで受け取る土地の使用料の恩恵を直接受け取る立場にはならない」というものでした。

 

自分のやりたいことがあるときは、自分で考えなきゃならない。

そして、選択・決断をしなければならない。

これを理解・体感したのは、35歳でした。

 

それで、何か変わったか?

 

変わりました。

 

うまくいかないことの方が多いのは35歳前後で変わりませんが、へこたれなくなりました。

 

また、決断や選択が出来ない人に対してあまり腹を立てなくなりました。

これは説明しにくいですが「この人はまだ、決断すべき時が来ていないんだ」と思うようになったのと、個人の人生の責任は本人しか取りようがないことを経験で理解したからだと思います。(組織の活動上、決断すべき人が決断しないこととは別です)

 

質問への回答は

いつかは、だれでも自分で自分のことを決めなきゃいけない時がくるので、その時は自分のアタマで考えなきゃいけないよ。

 

こんな平凡な結論ですが、自分で行動して納得して、たどり着いたものなので、18歳だった私に自分の言葉で回答できたと思います。

 

またねー