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サービスの価値を考えてみました。

この放送 ↓ をかけていましたら

live.nicovideo.jp

ゲンロンカフェの東浩紀さんと津田大介さんが出演されていました。

この放送中に話されたことで、ゲンロンってちゃんとサービス設計をしているんだな、と思ったことがあったので、忘れないためにメモします。

 

昨年、ちょっとしたきっかけで二ヶ月間だけですがゲンロンチャンネルの月額会員になっていました。その二ヶ月間で生放送だけではなくアーカイブされている番組コンテンツを時間の許す限り見ていました。

そこで感じたことは、トークイベントに出演される人との対談を聞くことは、自分とは違うものの見方をする人の話を聞けるので、気づきも多いし、著作では難しく感じることも、対話の言葉で繰り返し話されると「あ、そういうことか」という理解のきっかけがあります。

このような「著者の講演会を聞く」という伝統的な価値もゲンロンチャンネルに確かにあるのですが、それ以外のそのトークイベントを中継しコメントが流れる、という放送自体の価値は別のところにあるよなー、、、このチャンネル放送は何かに似てる、、何に似てるんだろう?と足りない頭を悩ませていました。

 

そんなところに、夏野剛さんのチャンネルで放送されているワイン番組に俳優の石田純一さんが出演されていて、視聴しました。これもとても面白かったんです。(放送は公開終了)

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(この回 ↑ のゲストはピーチジョン野口美佳さんです)

で、ですね、石田さんが番組の最後に「世の中には女好きとセックス好きがいる」という発言をするなど、とても面白い。

 

が、同じチャンネル放送でもゲンンロンチャンネルの面白さとは何かが違う。どちらの放送も番組中に酒を飲んで出演者がだんだん酔っていく、のは同じだし、話されている内容はどちらのコンテンツも極論すれば私の生活と直接的な関係はありません。ワインもゲンロン(批評)も同じように私の生活からは遠い。

 

などなど、とグダグダ考えていまして

この二つのコンテンツの違いはリアルの客の有無だ

と思い当たりました。

ゲンロンチャンネルの放送は「寄席の中継」に似ているんだ、と。

 

ゲンロンチャンネルが「トークショー」と宣伝しているように、客の前で話していることが「寄席」と同じで、「講演会」との違いはその客とのコミュニケーションの質だと思いました。「講演会」のコミュニケーションが客に対して説得や理解を働きかけるのに対して、「寄席」はあくまでも「うける」または「受容(受け入れられる)」を目指しています。

ゲンロンチャンネルの構造は、ゲンロンカフェにリアルの登壇者の対話とその観客、放送を見ながらコメントする積極的な視聴者、そのほかに(私のような時間をずらして)黙って見ているサイレントユーザーとなっており、それに加えて「友の会」というコアユーザーのためのサービスもあります。

出版社としてのゲンロンの運営とは別に「ゲンロンカフェ」は批評や文学や哲学をテーマにした「寄席」あるいは「劇場」の形態ととても似ている、と思いました。

 

と、ここまで考えたのが昨年の12月で、

チャンネル放送は確かに面白いけれど、時間コストを考えると(とにかくゲンロンの放送は長時間なのです)雑誌を買う方が私の生活にはフィットしやすかも、と思い「ゲンロン4」を買いました。テキストの方が時間コストのコントールはしやすいからです。

 

 

で、冒頭の放送に戻りますと、その放送の後半部分で東さんが

「ゲンロンカフェでやっている放送は、落語とかの伝統に連なるもので、ヨーロッパにはない日本独自の方法だと思う。これを世界に広めたい。」

といったようなことを発言されていたので

私が「寄席」を思いついたのはなんの脈絡もなかったわけではなく

カフェのサービス(トークショーと放送)もそのサービス価値は設計(意図)されているものなのだ、と思いました。

 

それで、単純に「すげぇ」と思った、休暇最終日でした。

 

またねー