議論の価値ってなんなのか?

今日は自分のために覚えておきたいことのメモ。要約部分は引用以外は私が理解するための要約なので著作にはない言葉遣いも混じっています。また、要約は目次の通りでなく、インパクトのあった章から始めています。

要約するのはこの本です。

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

 

本書は「集団的自衛権」が憲法9条と日米安保の整合性を図っていくなかでどのような変容をしていくのか、を追跡しています。 

 

第3章 日米安保は最小限の自衛なのか?

砂川事件」とその二つの判決に伴う議論

1960年の安保法制改正の前後の憲法と安保の議論の変遷を分析しています。

砂川事件についてはこの本で初めて知りました。

東京の立川空軍基地の拡張工事に伴う反戦運動で敷地内にデモ隊が立ち入り、起訴された事件です。その裁判で東京地裁が「無罪」とし、それを最高裁が破棄・差し戻しました。

東京地裁の判断は「日米安保条約は戦力保持にあたり、違憲である。したがって安保条約に基づいた罰則規定よって罰することはできません」というもので

それに対し最高裁

国連憲章がすべての国が個別的および集団的自衛権の固有の権利を有することを承認しているのに基づき、、、、アメリカ軍が日本国内およびその周辺にその軍隊を配備する権利を有する、、、」

という日米安全保障条約の根拠は国連憲章であり、日本国憲法に違反しないというものです。

この判決を受けて法律学者が専門誌等で行った議論の中に「二つの法体系論」があります。これは「日本には憲法ー法律ー命令の系と日米安保ー行政協定ー特別法の系の二つの法体系がお互いに矛盾しながら同時に存在している」というものです。

 

本書なのかでこの砂川事件の関する3人の法律家のいっていること(理論)も理解ができ、話し合われているのが「日米安全保障と憲法について矛盾するか・しないかを議論している」ってことも理解できました。

 

この本の中で私が「議論の理解」できるのが、この部分だけでした。

60年代までは日米安全保障と憲法9条の矛盾をどのように解消するべきかが話し合われてていて、この矛盾した状態は今でも矛盾したまま存在しているので「何の議論をしているのか」という前提が現在と共有されているので、わかりやすい。

 

集団的自衛権の議論に関しては

「必要最小限の戦力」「憲法で制限をされた自衛権」保持という政府の理解と、その制限付き自衛権日米安保の裏付けによってワークしている。政府の考えは「日本に米軍が配置されているのは「集団的自衛権の範囲」であるが、自衛隊が外国で活動することは憲法で禁じられている。自衛隊が国内でその抑止力を発揮できるのは在日米軍があるから。」ってところでしょうか?

この時代には集団的自衛権違憲だという共通認識はありません。

 

憲法9条と日米安保を両立するために起きるであろう混乱について、以下引用、()は私が付け加えたものです。

日本の自衛隊は個別的自衛権のみ基づいて行動するだろう。(憲法9条)しかし間違いなく集団的自衛権を行使する米軍とともにそうするだろう。(日米安保)恐らくは「最低限の実力」組織である個別的自衛権行使者たる自衛隊は、集団的自衛権行使者たる世界最強軍隊である米軍の主導の下に、共同作戦を遂行するだろう。また日本への攻撃がない場合の米軍の行動に日本は協議の上で同意を与えるかもしれない。

読んでいるだけで、めまいがするでしょう?上記の引用に続いて著者は

それらの状態は、法的整理を行わなければならない立場の者にとっては、悪夢のように複雑な事態だろう。だかそれが日本の国家体制の帰結なのだ。

といった指摘をします。

この後者の引用部分については、私は

日本の(外交と)安全保障は、国民にとってどのように運用されているか理解できないほど複雑であり、安全保障上必要な行動の承認を得る手続きは悪夢のように社会的コストが高い。 しかし、それが現状です。

というように理解しています。

 

そのほかには、この時代に高度経済成長に入ります。

 

、、、長かった。本の内容以外で考えたこと。

改めて3章を読み込んでみて、この章だけ比較的議論が分かりやすいのは、現在でもこの時の議論の前提になっていることが変わっていないことと、裁判長という法律の専門家の「理屈で考えればこうなる」というロジックがある意見であったとこが、わかりやすいの理由だと思いました。

政治家の国会での発言はわかりにくい。目的が政治活動ならわかりにくいのが普通のことなのかしら?

専門性を持つということは、普通の人にもわかるロジックを示すことで、必ずしも易しい言葉を使うことではない、とも感じました。

先にあげた二人の裁判長は言葉遣いは難しいし、単語の検索する必要はありますが理論自体が難しいわけではありません。

 専門性とかアカデミックの価値ってこの辺にありそうだな、とも思います。

 

あー疲れた。

じゃ。