70年代って、結局何だったのさ?

読書メモ。前回に引き続いてこの本のメモです。

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

 

 今日は第4章 内閣法制局は何を守っているのか?ー1972年政府見解と沖縄の体制内部化

 

1972年に沖縄県は日本に復帰しました。この章ではその前後の日米関係と集団的自衛権の議論を扱っています。

1972年はベトナム戦争が行われており、朝鮮半島は停戦状態、ソビエトは健在でアメリカと中国は国交を回復します。その状況で沖縄の米軍基地からは連日ベトナムに向かう爆撃機が飛びったっていました。

 

この状況の中で沖縄を米軍基地付きで日本に復帰させるために「集団的自衛権」と日本国憲法との整合性を計った結果が「集団的自衛権憲法違反である」という1972年の政府見解がなされました。

この見解が提出されるきっかけとなった国会での質疑応答で国会議員の質問の「集団的自衛権違憲で個別的自衛権は合憲というのは憲法からは判断できない」という憲法上の質問に「最小限の個別的自衛権は発動できます」という政策を内閣法制局次長が答えるという展開がなされました。

これ ↑ って、つまり議論をすり替えてまで、どうしても通したかったことって「個別的自衛権は合憲です」ってところだろうと私は理解しました。その後「個別的自衛権の範囲拡大」が展開されます。

で、その「個別的自衛権は合憲です」ってので何を達成したかというと

沖縄を基地付きのまま返還することによって日米安保を維持し、自衛隊の強化およびベトナム戦争への参加を回避し、軽武装を達成する。それによって得た外交の安定をもとに経済成長を持続させ内政(福祉の充実ってことかしら?)を図った

というのが1980年の政府答弁書(見解)です。

 

うーん、この1980年の政府答弁書の引用部分、この章の中でとても印象が強いものでした。

何が印象強いかって「政府の自信満々なようす」です。

国会内の質問したいしても1972年から1980年までの8年間でしどろもどろの答弁から素っ気ないほどの自信を見せた回答へと変わっていきます。

 

ところで、70年代が変わり目だったんだよ、って話は経済分野や教育分野の人からも聞いたことのある話で、何を変えなきゃいけなかったのかはそれぞれ言い分が違います。

経済屋さんは

「高度経済成長は70年代に入ってからほぼ全ての人が、これはいけるって思ったんだよ。60年代の経済成長は普通の人には信じられないホラ話にしか聞こえなかった。」

けれども

「70年代のオイルショックの時に物輸出の経済からサービス主体に切り替えなければならなかった」

教育分野の人は

「70年代に終戦時に成人していた人が労働力として退場していく時期だった。ここで敗戦にもかかわらず戦前から続いていた体制は見直されるべきだった。」

と言います。

今聞くと、へーそうなんだー?と思います。

 

この本を読んで少なくとも今の日本の安全保障は70年代に基礎的な性格が作られたことは理解できました。その良し悪しはともかく、安全保障政策をもとに経済成長を達成し、その豊かさが日本の田舎に住む人にまで実感できるようになったことは、とても素晴らしいことだと思います。

私も70年代の沖縄に生まれて、じわじわと豊かになっていく社会の恩恵(教育にお金をかけられる親が増えた)を受け取っています。

 

70年代ってもっと検証・分析されていい、と思いました。

 

今日はここでおしまい、またねー。