5周年おめでとうございます

2月の寒さが少し緩んで、黄色い菜の花が畑の中に満開だ。

 

春に向けての準備をしています。

次の季節をどのように過ごすのかを考えながら、家中に在るものを最整理と掃除の真っ最中です。ジミーな作業をコツコツでございます。

 

ジミーな作業のお供に、こちらを見ておりました。

live.nicovideo.jp

 

昨年からゲンロン友の会に入りました。定期的に雑誌が届きます。

こういう ↓ 雑誌です。 

ゲンロン7 ロシア現代思想II

ゲンロン7 ロシア現代思想II

 

正直なところ、特集の記事の内容にはついていけないのですが、タイの作家のフィリピン旅行記や韓国現代思想事情などいくつかとても楽しく読んでいる 連載記事があります。

 

今回のこのカフェ開業5周年記念の放送、後半の質問の時間になってからの「社長・思想家・作家の東浩紀」さんの発言がとても印象的でした。

それについてのいくつかのメモ。

私が覚えるためのメモなので、動画の中でこの通りに発言しているわけではありません。

 

・270分ごろから、理系と文系の学問の違いについて

理系の学問は良くも悪くも対象が自然界なので、人とは関係なく真理の正否の判別ができる。人はどうあれイルカは哺乳類だ、といったたぐいのもの。今ある世界がこうあるのは何故なのかを追求する。この態度は人文系から見ると「現状肯定の保守」に見える。真偽の判定ができるために「議論」も発生しにくい。しかし、同じ理由で理論の積み上げができるので「基礎的なテキスト」が存在する。

一方で、文系には基礎的テキストが存在しない。人文系学問は人と人の集団(社会)を扱うもので、人間がどういうものなのかを追求する。人の心の中にあるものを扱うのでエビデンスが存在せず、理論も積み上がらない。しかし、人文系学問は今ある世界の解明ではなく、今でない世界について考え議論することができる。見えない世界について想像力を使うので「ラジカル」に見える。

アウトリーチについて理系の人の解釈は間違っている。学問の成果を伝える、情報を伝えるだけではいけない。人々の欲望を喚起しなければ「議論」がおきない。月の裏はどうなっているのだろう、ということを人々が議論し始めるようにアウトリーチをやらなければならない。

この文理の差がいつも議論のズレになる。

 

 ・300分ごろから、ハッキングなどなど

(弟子なのかな?中央の男の子に向かって説教しながら)ゲンロン0は朝日新聞で書評すらされない。これの理由はみなさんはわからないかもしれないが柄谷行人が書評委員だからだ。この現実の中で何をやるのか。文学の世界で(場所を得るには)賞を取るくらいしか根拠になるもながない。俺とお前は13歳しか離れていない、今オレは文藝賞の委員だ、お前は13年後に文藝賞の委員をやるための布石を今売っているのか?

ゲンロンで現代日本思想史を企画し講談社から出版したのは、講談社文庫に入った場合近代日本思想の隣に並ぶからだ、これがハッキングだろう。

ハッキングするには体制の中に入っていかなければならない。ゲンロンを書店で販売するにも大手は実績がないので扱ってくれない、今回トランスビューという会社を通して書店で販売することができた。こうやってハッキングして行くのだ。

メールマガジンなどを出しているのも連載(執筆)をするため、これがないと単行本などできない。これからゲンロンで単行本を出すのは人文書の棚をオレが仕切る。これからの人文の重要な出版物はゲンロンからだす、ということをするためだ。

 

面白かった発言ふたつ

・これを実現するためのいやなこともたくさんあるしメチャメチャ頭も下げている、ハッキングだからな、、、、いや、ハッキングが頭下げるかは、わからない、、、。

・俺がこんなことを考えているのを皆わかってないだろう、言ってないからな。

 

 

ゲンロンは出版社としては小さな会社かもしれませんが、「書店の人文書の棚は俺が仕切る。」という明確な旗印があります。そのために書く人も読む人も共に育って行くような場所というか生態系のようなものをつくろうとしているのだ、という理解をしました。

このくらい明確で具体的な旗がないと経営や企業ってできない、と思います。

そしてこのくらい明確にやりたいことがあるのを羨ましく思いました。

社長さんには頑張ってほしいものだ。

 

ええ、部屋の掃除はどうなったのかは気になさらないでください。

 

じゃ、またね。