もう一度、アメリカ人にも書いてもらったらどうだろう?日本国憲法。

日本国憲法の前文を読んでみたら、なかなか志の高いことを書いてあって、すごく感心した。日本ってこんな国を目指していたのか、、、知らなかった、、、。

特にビビったのが以下の部分です。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高や理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。」

ね、ビビるでしょう?

 

小学校か中学校の社会科の教科書で読んでいるはずなのだけれど、憲法に関することで覚えていることは「自衛隊って軍じゃないの?」という疑問だけです。

 

この前文を読むと「日本って結構いいことを目指しているんだー」と素直に思えます。

日本国憲法

日本国憲法

 

 Kindleのこのバージョンは0円なので、日本に関係する人は読んだ方がいいと思いました。(日本に関係する人って、日本国民全員ってことか、、、)

 

で、最近の世間ではこの憲法を改正しようという議論が盛んに行われていますが、なかなか決着をみません。

この議論が沖縄の辺野古基地の議論のように20年も解決できない、って事態にならないために一つしかない私の貧しいアタマを使ってみました。

 

でね、私の結論は

憲法草案を書くメンバーに外国人を加えたら?

ってものです。

 

日本ってこれから人口は少なくなるし、20年の東京オリンピックに向けて観光客(外国人)もたくさん来て欲しいし、移民は入れたくないけど高度専門職労働者のような人には来て欲しい。

ってことは、外国人から見ても「日本っていい国なんですね」と思わせる憲法を持っていることは損ではない、と思いました。うまくいけば帰化してもらえるかも?ね。

 

えーっと、もう少し真面目にいいなおしますと

現在は自衛隊の位置付けや「戦力」の解釈を巡って議論されているようですが、本来、憲法って「私たちはこんな国目指します」ってことを書き、国内外に広く宣言するものだと思います。

そうであるなら、現在の日本の構成メンバー(日本国籍保有者)だけでなく国際社会から歓迎されて、できることなら「名誉ある地位」を占めたいものです。

 

でね、メンバーに外国人を加えたら?ってのは

関係者(日本人)だけで議論すると各自が自分の属する小さな集団の利益ばかりを優先し、誰も大局的なこと(長期的な利益)を考えず、結果として「結論が出ない」「総意がまとまらない」ことになると思ったからです。

今いる日本人のメンバーでいくら議論しても決められないなら、議論するメンバーを入れ替えたら?という考えに至りました。

つまり、「決めるプロセス」を変えたらどうだ、ということです。

 

アンダーラインを引いた部分は私の観察した「辺野古基地に関する議論の様子」です。

憲法改正の議論もこの状況とそっくりだと思ったのです。

 

もう一つは適材適所、という人材活用の面からも

今の日本の課題と国際環境の二つの状況を考え合わせて日本国憲法=目指すべき姿を議論できる人に草案を書いてもらう方が、知的でチャレンジが好きな人材を集めることができるし、高度人材が集まる状況が作れます。

確かシャープを買収したホンハイ(だったかな?)の社長さんも「適材適所は日本語だ」とインタビューで答えていました。適材適所は日本の伝統的な問題解決方なのです。

 

よくよく歴史を振り返ってみると今の憲法も草案はアメリカ人(外国人)が書いていますよね。前例にも従っているし、「起草メンバーに外国人を採用する」いいんじゃない?

 

なーんてことをさも一人で考えたように書いていますが、以下の本を読んで考えたことです。

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)

 
ゲンロン0 観光客の哲学

ゲンロン0 観光客の哲学

 
自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう

 

注意:これらの本に直接「憲法草案の起草メンバーに外国人を採用しよう」などとは書かれていません。

じゃ、また。