いまさら「万引き家族」を見ました。

 映画「万引き家族」を見ました。

現代の「赤貧を洗うがごとく」の家族の話です。 

夫婦二人でおそうめんを食べるシーンの中で、クリーニング店をクビになったばかりの妻が夫の「、、、ぉい、どうしたんだよ。今日、、、、化粧なんか、、して」

の問いかけに

「デパートで人に勧められてさ」と二つも三つも化粧品の箱を取り出してくるシーン。

 

ここで、信代に感情移入した。

この感覚、身に覚えあります。わかるよ!信代!(役名)

 

私自身、「この状況(経済的にも)きついよなー」と思う時に「デパートで化粧品を買う」とかちょっとだけキラキラしたものを買うこと、で一時的に自分を保つ、って、すごーく身に覚え、あります。ええ、ありますとも。

そんなことするから、ずーっと貧乏なんですよ、、って、知ってるわい、そんなこと!

 

といったかんじで、ここからこの映画を「母、信代」に感情移入しながら見てしまいました。私自身はいい年して未婚の子なし、ですけどね。

 

働いてもまかないきれない「貧乏」を「年金をたかる」「年金不正受給」「万引き」で補っていく。

この家族のやっていることは、理解はできます。お金のない時の苦しさはとても理解できますし、万引きしなきゃいきていけません、ってのも理解できます。

でも、とてもじゃありませんが「それでいいじゃない」とは思えない、、、、。そこんとこの社会規範を超えることは、私にはできません。

しかし、ですね、だからと言って彼ら彼女らを断罪しようとは思えません。

変な表現になりますが「物語を見ていたら、素直に、私は彼らのやったことを断罪したい気持ちがわきませんでした。」というかんじでした。

 

映画の後半で、この家族はバラバラにされていきます。そこも仕方ないのだと切なく思いながらも、子供二人が成長していることが救いでした。

とてもいい映画でした。

 

 

ところで、

この映画の不思議なトーン。「ダメな人を裁かない」「弱者をフェアに扱う文脈」ってどういう風に成り立っているのだろうか?

私が、この家族がやっていることは明らかに犯罪になる、とわたしの法律知識は理解している。なのだけど、感情は「裁かれるべきです」と感じないのはなぜだろう?

って、とても不思議なのです。

 

良いも悪いもない、家族の食事風景や一緒にお風呂に入る場面など誰もが日常で経験することが書かれていることがポイントなのかな?

この家族が人としては普通の人たちだということを食べ物のシーンで感じるから?

 

 

あと、もう一つ。自分のドラマの好みについて。

わたしは日本のTVドラマや映画を見ず、外国映画が好きなことについて、自分でも「わたし、外国かぶれなのか?」と思っていました。

んが、

「日本のTVドラマや映画は、現実の社会状況をあまりにも反映していなくて、自分が誰に感情移入していいかわからない」

ので、政治的主張の強いアメリカドラマや外国映画を多く見ているのだな、と思いました。

映画の登場人物の誰かに感情移入できることが「わたしの物語」になるポイントのようです。

 

今日は、映画の感想だけです。

じゃ、またねー。