ハンドル記 for Dream

中年期の独り住まい。

私のしたいことを探す。2021年の目標。

目の前が田んぼの住まいに引っ越してきて、10年が経ちました。

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あと1ヶ月もすれば、田植えの準備が始まりますよ。

この10年間色々なことがあり、10歳年をとって、気力も体力もそれなりに「中年ど真ん中」という感じになりました。

 

引っ越してきた当初の「とりあえず10年間はここに住む。」という目標も達成し、さて、お次は何をしようかな、、、などとぼんやり考えております。

 

この島に移ってきた、ことの成り行きは2002年ごろ「若いうちに田舎に住まなければ、人生の楽しいことの半分を見逃してしまうのでは?」と考えてから、2008年で具体的に計画を立て、2010年で実行できました。アイディアを思いついてから8年かかりました。

次は何をしようかな、は50歳になったら次のステップのための準備を始める、というところまでは決めているのですが、そこで「はて、私はどうしたいだろう?」とちょっと、ウロウロとしています。

 

これは嫌だな、と思うことは山のようにあるのですが、「私はこういうことがしたいのよー!」という自分の欲望の部分がなかなか見えてこないのです。

ふーむー、これが中年の危機ってやつでしょうか?

衣食住がある程度満たされて、「次はこうしたいの!」という気持ちが薄れてしまったのかしら?

といったことをつらつらと考えていて、気分転換で読んだ本がめっぽう面白かった。 

結婚の奴

結婚の奴

 

著者の結婚するまでとそれからのあれこれが書かれているエッセイ集です。

 

この本は、三つのテーマが混在して書かれていて、一つは、著者がどんな形の結婚がしたいかを自分で考え、それをどうやって実現していったかという「結婚(同居)までのドキュメンタリー」。二つ目は自身のセクシャリティーを見つけて恋愛にチャレンジしていく「恋愛アドベンチャー」。三つ目は亡くなった同業者への気持ちを書いた「名づけがたいパート」。この三つが渾然一体となって綴られています。

 

私の心にジンときたのは、著者の自分の欲望がどこにあるのかを、行動を伴った形でしつこく探し続けることでした。相手との考えの違いを擦り合わせながら、欲望の在りどころを探っていく時に「言語化」しておく、ということはとてもパワフルなのだと再認識。

行動しながら、言葉にしながら、の欲望を探すこと、は見習いたいものだ。

結婚ドキュメンタリーで「同居人がいると生活がちゃんとする。」っていうところは、ゴリラ研究の山極壽一先生の「ゴリラの若いオスは家庭(群れ)を持った途端に父親らしい行動をとる。」という観察によく似ていて、笑ってしまった。

そのほかにも、性の多様性は若いうち(おそらく小学生くらいから)教えておくのが良いのではないか、とか結婚や子供を持つことは個人の選択でするもしないも本人が決めることなのだ、といったことも、学校で教えたほうがいいのではないか、など思いました。

 

 

次の10年をどのように過ごしたいのかの具体像はまだ見えてきません。

 今までの自分で決めたことをやってみる、という人生の舵を手放す気は、まるでない、ので「自分の欲望のありかを探す」は焦らず続けてみます。

 

ほな、またねー。